45. ホルジンガー:春になって、王達が戦いに出るにおよんで

バリトンを吹いていた大学のバンドで、当時新曲だったネリベルの『コラール』や『トリティコ』に出会って衝撃を受けた*1と語り、翌年には処女作『プレリュードとロンド』(1966) を書いているデヴィッド・ホルジンガー David Holsinger (1945-) ですが、バンドのための作品発表が本格的に始まるのは80年代に入ってからのことになります。ホルジンガー自身は、バンド指揮者たちから自分のような作風は前衛的とみなされていたと語っており、『戦争三部作』The War Trilogy (1971) や、博士号を取ったカンザス大学のバンドのために書かれた*2 Armies of Omnipresent Otserf (1979) *3 といった最初期の作品を見ると、たしかにフサの『プラハ1968年のための音楽』の登場もまだ新しい記憶だった当時、不確定性やクラスターを取り入れ、声や打楽器によって音色のパレットを拡張した不定型な音響のパートと、金管を重視したマスの響き*4を活用して、ストラヴィンスキーバルトークを思わせる変拍子の激しいリズムや鋭角的なオスティナートを叩きつけていくパートとが交替する作風は耳新しいものです。

Armies of Omnipresent Otserf がオストウォルド賞を受賞する前後からホルジンガーのバンド作品創作は軌道に乗っていくわけですが、同賞の次点だったという『典礼の舞』Liturgical Dance, Benedicamus socii Domino (1980) や再びの受賞作にして代表作の『春になって、王達が戦いに出るにおよんで』In the Spring, At the Time When Kings Go Off to War (1986) *5を聴くと、相変わらず不定型な音響は用いられているものの、アレグロ部を中心に響きは調性的な色が強くなり、力強い打ち込みの裏では規則的なリズムも随所で用いられるようになります。20世紀初頭には最先端のモダニズムだった変拍子の活用も、この時期にはジャズやロックに浸透しポップな語法に組み入れられていたわけですが、"リフ" や "バッキング" に打楽器が常時参加して力強いビートを刻んでいくホルジンガーの作風には、そちらへの親近性があるように思います*6。『バレエ・サクラ』Ballet Sacra (1990)『危険な空を制圧するために』To Tame the Perilous Skies (1992)『ヘイヴンダンス』Havendance (1985)『アブラムの追跡』Abram’s Pursuit (1998) といったこれ以降の有名作は、基本的にこの作風が貫かれています。

バンド作品が増えていくのと並行して*7、84年から教会での職に就いたホルジンガーは、これまでの効果音に近い声の扱いに加えて通常の歌唱も作品に取り入れるようになり、シンフォニア・ヴォーチ』Sinfonia Voci  (1994) 『モーゼの歌』The Song of Moses (1994) や大作『復活祭交響曲Easter Symphony (1986/1996/1997) *8といった作品が生まれます。これらの作品や『春になって...』『アブラムの追跡』のように、キリスト教的なモチーフの曲も増えていきますが、『フィリップ・ブリスの讃美歌による』On a Hymnsong of Philip Bliss (1989) 『子供の讃美歌』A Childhood Hymn (1991) などいくつもシリーズ化されている穏やかな小品も含め、(たとえばネリベルやマクベスのような)厳粛さを特段に押し出すわけではなく、親しみやすく開放的な表情が支配的です*9

比較的初期のチューバと吹奏楽のための『カンザス・シティ・ダンス』Kansas City Dances (1989) を源流とし、『スクーティン・オン・ハードロック』Scootin’ on Hardrock (1999) 『シティ・シンフォニー』City Symphony (2001/2004/2008) などに繋がっていく作品群は、ホルジンガーのもう一つの顔と言えるでしょう。ここではプログレッシヴ・ロック風の変拍子に代わって、ファンクやラテンとも重ねられた「ジャズ」のビートが中心となり、より機動力を要求される木管楽器の比重が大きくなっています。ジャズ寄りの音選びも取り入れて聴感上の印象はかなり変わっていますが、リズムパターンやオスティナート/リフを重視する音楽の作りかた自体は共通していて、ホルジンガーの個性を感じとることができます。

 

演奏は山本正治/東京藝大WO (ブレーン, 2019) を。切れ味と力感を兼ね備えた演奏で、声の効果もよく録れています。ベンクリシュートー/武蔵野音大WE (Sony, 1994) も以前から知られている盤で、思い切り良くかつ彫琢された演奏を聴かせてくれます。この作曲家をさらに聴いていくなら、Mark Custom からホルジンガーの作品だけを集めたコンピレーションのシリーズが出ているのが有名です。ただし演奏の仕上げのばらつきでも有名なのですが、ここからまず手に取るとしたら、集大成的な『復活祭交響曲』を収めたVol. 3 (1997) や、前述した最初期の作品を軸に収めたVol. 6 (1998) あたりでしょうか。

D.ホルジンガー&B.アッペルモント

D.ホルジンガー&B.アッペルモント

 

*1:ホルジンガーはネリベルの追悼作『オマージュ』Homage: Three Tapestries (1997) も書いています。

*2:フォスター Robert E. Foster、ジェイムズ・バーンズ、スティッドハム  Thomas (Tom) Stidham という同大学バンドの3人の指揮者から名前を取った "Fobarsti Tryplych" の第3曲。残りの2曲のうち "In the Court of Htmais M'Dot the First" は未出版のままで Ancient Dances, for Tom (2020) に素材が転用され、"Meditations of the Imperial Rabsen" は結局作曲されませんでした。https://archive.org/details/InTheCourtOfHtamisMDotTheFirstBoundScore/

*3:訳すなら『あまねくおわすオトサーフ(王)の軍勢』といったところでしょうか。フォスターが指揮者を退いたのちには "続編" として、前作が終わったところから始まる "OTSERF II : Revenge of the Warrior Prince" (2006) も書かれています。

*4:ただしセクションごとに役割は分離させる傾向にあり、特にホルンはしばしばどのパートからも離れてヴィルトゥオジックな活躍を見せます。

*5:出版譜では "In the Spring" だけが大きく書かれ、それ以下が副題に見える表記ですが、少なくとも初期にはただ書き下されている場合もあります。 https://archive.org/details/InTheSpringAtTheTime...BoundScore/page/n3/mode/2up

*6:造語を含んでものものしい物語を展開させるこのころのホルジンガーのコンセプト作りにも、プログレッシブ・ロックの有名盤のいくつかを思い出します。

*7:80年代末からはマーチングバンドの世界でも知られるようになっていきます。

*8:最初に書かれた第2楽章『死の木』Deathtree を軸に、のちの『シティ・シンフォニー』と同様に各楽章が別の機会に書かれています。

*9:リズムの活発さ、和声やメロディーの人なつこさからは、ウォルトンの『ベルシャザールの饗宴』やホルジンガーとは同い歳のジョン・ラター John Rutter (1945-) の諸作などを思い出します。ラターの『グロリア』Gloria (1974) はイギリスらしく金打楽器伴奏の合唱曲。

44. シェルドン:マナティー・リリック序曲

技術的難易度を抑えた作品を主な活動分野とする作曲家としてはロバート・シェルドン Robert Sheldon (1954-) も、大学で音楽教育学の学位を取得し、公立学校での音楽指導からキャリアを始めています。その後バーンハウス社から1981年に『フォール・リヴァー序曲』Fall River Overture を出版し、スウェアリンジェンの後輩としてデビューします。年数曲をコンスタントに発表する本格的な活動が始まるのは80年代後半からで、とくに知られた作品の一つであるマナティー・リリック序曲』Manatee Lyric Overture (1986) はその流れの先頭に位置します。

その作風の中軸は、スウェアリンジェンまでに確立した、ポピュラー音楽と親和性のある和声とリズムの上に親しみやすいメロディーが乗る新しくも伝統的なもの*1をベースにしていますが、80年代のスウェアリンジェンの作風がある種大胆なシンプルさによるインパクトを備えていたのに対し、輝かしい『マナティー・リリック序曲』や『飛行の幻想』Visions of Flight (1990) 、軽快な『南西部の伝説』Southwest Saga (1987) といった初期の作品に見られるように、こちらの書法は流麗でかなりきめが細かく、「伝統的」な側、ロマンティックな価値観に寄ったものです。

そもそもシェルドンは、学生時代に書いたという『ディヴェルティメント』Divertimento (1976/rev.2021) しかり、早い段階で発表された『ダンス・セレスティアーレ』Danse Celestiale (1989) しかり、奏者にかなり高い要求をする作品も相当数発表している作曲家です。日本では90年代に一度受容が鈍り、2000年代後半に(控えめながら)また注目が向けられるようになるのですが、そのときのきっかけも『メトロプレックス』Metroplex: Three Postcards from Manhattan (2006) というかなり音数の多い作品でした。そうした作品(そして、先人たちの試み)で用いられた幅の広い表現をどのように奏者への負担を減らしながら落とし込むかが、彼の作品においては重要な課題になっていると考えていいでしょう*2

豊かな表現、ということでは、しばしば見せる特定の作曲家や様式のパスティーシュもその作品群にバラエティをもたらしている要素です*3グレインジャーにオマージュを捧げた*4『ロングフォードの伝説』A Longford Legend (1998) や In the Shining of the Stars (1996) 、ホルストヴォーン=ウィリアムズを思わせるイギリス民謡使いで始まる『シャンティ』Chanteys (2000) 、R.シュトラウスを意識した Der Lehrmeister (2017) 、スペイン調の伝統に乗った『イベリアン・エスカペイド』Iberian Escapades: The Villas of Boca Raton (2009) 、ポピュラー音楽を直接的に参照した『メトロプレックス』や『キューバ舞曲』Danzas Cubanas (2010) 、といった具合です。急-緩-急の三部形式を離れてドラマティックな展開を見せる『消えた居住地』Lost Colony (1994)『幽霊船』Ghost Fleet (2001) のような作品も一種の「装い」ということになるでしょうか。奏者に配慮した書法の可能性を着実に追求する書きぶりは近作に至っても安定しており、前記事で挙げた後続の作曲家たちと並んで、この分野に貼りついたある種のイメージを書き替えてくれます。

 

マナティー・リリック序曲』の録音としては比較的手に入りやすいところでフェネル/TKWO盤 (日本コロムビア、1998) を。さらに聴き広げていくのはネット上に出版社が公開している録音を辿っていけば容易に可能ですが、個展ディスクとしてまとめて聴くのなら、Alfred Music にメイン出版社を移して以降、2000年代後半の作品を集めた一枚 (Bell Music Press, 2009) がその作品の広がりを知るという意味で便利です。

*1:急-緩-急の基本構造も、"シンフォニック"な表現も含まれています。

*2:その意味ではスウェアリンジェン同様、作曲者の創意がもっともよく現れるのは制限の多いグレード2以下の作品で、『イーグル・マウンテン序曲』Eagle Mountain Overture (1990) 『クレスト・オブ・ノビリティ』Crest of Nobility (1989)『ホークアイ序曲』Hawkeye Overture (2017)『夜のとばりが降りる』As Twilight Falls (2011) などではそれぞれの条件に従って見事な回答を見せてくれます。

*3:なりきりぶりを楽しむ、というよりは本来の語法と混合したある種の国籍不明感に楽しみがあります。Phrygian Phantasy (2003) に始まる計4作の教会旋法シリーズのような作曲上のコンセプトを全面に出した作品と並べて考えるといいのかもしれません。

*4:F音が途切れずに鳴りつづける『ウエスト・ハイランドの想い出』West Highlands Sojourn (1993) 第3楽章もグレインジャーの『不動のド』The Immovable Do (1933/1940) が発想元になっているといいます。シェルドンは『ウォーキング・チューン』Walking Tune (arr. 2020) や『スプーン・リヴァー』Spoon River (arr. 1999) の吹奏楽編曲も行っています。

42-43. スウェアリンジェン:インヴィクタ / ノヴェナ

ジェイムズ・スウェアリンジェン James Swearingen (1947-) は作編曲家として以外にも、アメリカにとどまらず世界中で活動する客演指揮者・バンドディレクターとしての肩書を持っています。そのキャリアの始まりはオハイオの公立学校での器楽音楽の教師で、作品発表を続けながらその職を18年務めたあと、1987年以降の職場となったオハイオ州コロンバスのキャピタル大学での勤務先は音楽教育学科です。つまり彼が一貫して見据えてきたのはアマチュアを相手にした教育の現場であり、音楽界の・歴史上の晴れ舞台を目指す高踏的な「作曲家」のモデルはあてはまりません*1

 

他記事で言及したとおり、アメリカの低グレード吹奏楽作品の流れにおいてスウェアリンジェンの位置は出発点でも終着点でもありません。しかしながらエリクソン以来の急-緩-急の形を下敷きにポップさとダイナミックさを盛ったある意味隙のない作風は、メイン出版社であるバーンハウス社のブランドを改めて固め、その付属レーベルである Walking Frog Records から発売されたワシントン・ウインズの演奏の独特なサウンド・録音とともに、今に至るまで低グレード作品、部活動としての吹奏楽、ことによっては吹奏楽そのものの通俗的なイメージを規定しつづけています*2

ことにごく初期の作品である『ノヴェナ』Novena (1980) と『インヴィクタ』Invicta (1981) には、打楽器に支えられたシンコペーションのバッキングやモダンな旋法使い、随所の「グランディオーソ」なサウンドといった彼の典型的な手法を見てとることができます。しかしながら時期の近い作品を見るだけでも、デビュー作『エグザルテーション』Exaltation (1978) に登場するソロワークやオスティナートによるクライマックス作り、『インヴィクタ』や『誇りと祝典』Of Pride and Celebration (1987) における対位法的な処理、『コヴィントン広場』Covington Square (1985) の「イギリス風」と謳うとおり得意のシンコペーションを排除したスクエアなリズム、日本で初演された『センチュリア』Centuria (1986) のエリクソントッカータ』を意識したとおぼしき軽快なリズムとそれを支える打楽器の用法、『アヴェンチューラ』Aventura (1984) に挟まれる長調の効果など、さりげないながらどれにも気の利いたアイディアが盛り込まれていることがわかります。

むしろさらに技術的な難易度が低い、グレード2以下の作品を見ると作曲者の創意をより感じやすいかもしれません。細かい音符や音域の制限はもちろん、このあたりになると臨時記号や使えるリズムも選択肢が狭まってくるのですが、たとえば Park Street Celebration (1985) 、 Wyndham Variations (1987) 、Royal Emblem Overture (1988) 、Baywood Overture (1991) といった作品は制約をものともしないサウンドを聴かせてくれ、演奏者たちに誠実に寄り添う姿勢が見られます。

 

スウェアリンジェンの創作に転機を見るとしたら、90年前後にまず一つの区切りがあるのではないでしょうか。難易度に対応して手の込んだ『栄光のすべてに』In All Its Glory (1989) 、民謡調を前面に出した『ブルーリッジの伝説』Blue Ridge Saga (1990) 、変拍子が現れる『祝典と踊り』Celebration and Dance (1991) や『語り継がれる栄光』All Glory Told (1995) などパレットは広がり、それまでの旋法的なある種堅い響きに伝統的な滑らかさが加わって、『雄大なる眺め』A Vision of Majesty (1995) や『管楽器と打楽器のためのセレブレーション』Celebration for Winds and Percussion*3 (1999) といった爽快な作品に結実します。

2000年代以降のスウェアリンジェンはさらに違った顔を見せてくれます。それまでの手法を洗練させた『喜びの音楽を奏でて!』Make A Joyful Noise (2004) や『時の流れ』Of Time And Change (2014) のような作品がある一方で、一般的な「スウェアリンジェン」のイメージを外れる作品が格段に増えます。和声・リズム・楽器法さまざまに変化に富んだ『春の喜びに』 Into the Joy of Spring (2001) や陰影の深い『そして天使たちは告げた』And The Angels Called (2005)『永遠の輝き』Forever Shining (2010)  、荘厳な表情を見せる『アイガー』Eiger (2007) やポップな『夜間飛行』Nightflight (2008) と、今もなお愛奏される80年代の作品との連続を感じさせながら、意識的にか自然にか、そこからかなり趣向を変えた音楽を聴くことができます。

 

ここまで急-緩-急のいわゆる「序曲形式」の作品を紹介してきましたが、もちろんスウェアリンジェンによる吹奏楽への貢献はそればかりではありません。『ロマネスク』Romanesque (1981) は緩徐曲としてレパートリーに定着し*4、『シルバークレスト』Silvercrest (1986) や Children of the Shrine (2000) はポップなコンサートマーチの佳品です。他にもラテン調の『ヴァレロ』Valero (1985) や Carnival del Soul (1991) はジャズアンサンブルのレパートリーとして確かな位置を築いていますし、初期からコンサートバンドと並行して書き継いでいるスポーツの場でのバンド (pep band) のための作品も相当数残されています*5。また、ライフワークであるカール・キングのマーチの再編曲についても、現場に応える職人としてのスウェアリンジェンを確認するために触れておくべきでしょう。

 

ディスクは、ひとまずこの作曲家の遍歴を一望するという意味で、デビュー作から近作までまんべんなく収録した松尾共哲/フィルハーモニック・ウインズ大阪盤(ワコーレコード、2018)を挙げておきます。多くの人々に聴かれた「名盤」に触れるという意味では、90年代前半ごろの作品を収録したピーターセン/ワシントン・ウィンズ盤(Walking Frog、1994)もいいでしょう。

*1:そうした作曲家が、後述するように「吹奏楽」のイメージに深く食い込んでいるのが面白いのですが。

*2:もちろんそのイメージを上書きするようなレパートリーがほぼ現れなかったのは多分に日本の特殊事情ゆえで、スウェアリンジェンが10年ほどこのジャンルのトップを走ったあと、アメリカの低難易度作品の趨勢が大きめの編成を要求するダイナミックな方向に進み、そうしているうち国内レパートリーの隆盛に従って海外作品の受容が鈍った、という経緯があるからなのですが。

*3:通常のバンド作品にもかかわらず妙な含みのある題名は、Robert Palmer "Celebration for Band" (1988) がすでに同じ出版社から出ていたためと思われます。

*4:演奏機会は少ないですが、同系統の作品では時期の近い Reflections (1984)や、Deep River (1998) 、Lest We Forget (2001) 、A Kind And Gentle Soul (2013) も挙げておきます。

*5:同じくアメリカの音楽教育のカリキュラムに組み込まれている弦楽合奏・オーケストラは作品数が少なく、序曲サイズの作品は"9.11"の犠牲者を扱った『勇敢な飛行』Flight of Valor (2003) ぐらいです。

ex. 低グレード作品

ここまで紹介してきた「代表的な」吹奏楽作品たちは、音楽学部での教育・研究とも結びついた大学バンドか、軍楽隊が多数を占める職業バンドを念頭に、高い演奏技術を要求する作品が主でした。しかし吹奏楽のための作品が演奏される媒体としては、必ずしも理想的な編成や演奏技術を備えていないバンド——中学校・高校のカリキュラムの一環で組織されるバンドが一つの典型例でしょう——が数としてはむしろ大勢であり、またそれを念頭に良好な響きが得られるよう書かれた作品も、「吹奏楽のための作品」を考えたときには無視することが不可能な存在感を持っています*1

とりわけこの分野の受容や伝承は個々人の体験と不可分に結びついている度合いが強く、もとより語り落としは不可避ではありますが、広く見られる6段階の演奏難易度表示*2ではグレード3、あるいは場合によってグレード4をひとまずの上限に、低難易度作品――高校以下の教育現場を意識した作品――にある程度以上力を注いだ作曲家たちについて、いくらかの見通しを付けてみたいと思います。ディスクとしては、作曲・紹介当時の録音が軒並み手に入りにくくなっている*3なか、木村吉宏/広島WOの『バンド・クラシックス・ライブラリー』シリーズ (2003-2009) は以下述べるような低難易度作品を軸として回想する企画になっており*4、演奏含めてレファレンスとして推薦できます。

 

アメリカの教育機関での音楽活動ははじめに合唱を、次いでオーケストラを軸に発展していき、バンド活動は第一次大戦の前後から、娯楽の多様化の影響を受け大恐慌がとどめを刺したプロバンドの衰退で「バンドの黄金時代」が終わりを告げるのと入れ替わるように、音楽産業の後押しも受けてアメリカ全土で成長していきます。1923年には最初のスクールバンドの "national" コンテストが開かれ、26年の第2回の時点で2段階の予選が行われるようになるという活況でしたが、当時バンドのレパートリーはまだ体系化されておらず、特に技術的な要求の低さを打ち出したレパートリーについては、ヘンリー・フィルモアがハロルド・ベネット名義で発表した作品群のような例はありましたが決して潤沢とは言えませんでした。30年代から作編曲作品を発表しこの分野のレパートリー供給に乗りだした代表格が、打楽器奏者として出発し、のちに教育に関わるようになった*5ポール・ヨーダ Paul Yoder (1908-1990) で、すこし遅れて40年前後から、軍楽隊や放送業界で活動していたハロルド・ワルター Harold L. Walters (1918-1984) 、イタリアからの移民でオーボエ奏者だったジョセフ・オリヴァドーティ Joseph Olivadoti (1893-1977) などもそこに加わります。

ヨーダーの*6『エキスポ '70』Expo '70 (1968)*7 『ガラスの靴』Glass Slipper (1948) 、ワルターズの*8『フーテナニー』Hootenanny (1963) 『インスタント・コンサート』Instant Concert (1970) 『音楽世界めぐり』Bands around the World (1972)*9 、オリヴァドーティの*10『ばらの謝肉祭』Carnival of Roses (1947) といった現在もレパートリーに残っている彼らの作品は、基本的に当時の「軽音楽」の様式で書かれています。ジャズやラテンのビートによるダンス音楽(マーチを含む)か、オペラ/オペレッタの序曲・パラフレーズ風のポプリ*11かという違いはありますが、おおむねそれまでのバンドレパートリーの主流を引き継ぎ、バラエティに富んだ展開や気取らずシンプルなサウンドを備えています*12

日本では『中世のフレスコ画Medieval Fresco (1967)『百年祭組曲Centennial Suite (1971) など比較的折り目正しいスタイルの作品*13を軸に受容されたジョン・モリセイ(モリッシー)John Morrissey (1906-1993) も、デビュー作の Caribbean Fantasy (1942) や An American Weekend (1950) といった作品はダンス音楽のビートを基本にした音楽でした。

 

もうすこし時代が下って50年代に入ると、大学バンドやプロバンドの方面に筆を執る作曲家が次々増えてきたのと軌を一にして、兵役やビッグバンドでの仕事の一方でカステルヌーヴォ=テデスコに師事したフランク・エリクソン Frank Erickson (1923-1996) 、EWE前夜のイーストマン音楽院でバーナード・ロジャースに学んだチャールズ・カーター Charles Carter (1926-1999) 、ヒンデミットに師事したのち放送業界でも活躍したクレア・グランドマン Clare Grundman (1913-1996) 、ユージン・グーセンスやハワード・ハンソンに師事したウィリアム・P・レイサム William P. Latham (1917-2004) といった面々がこの分野に参入してきます。

エリクソン*14の『幻想曲』Fantasy for Concert Band (1955)『トッカータToccata for Band (1957) 、カーター*15の『管楽器のための序曲』Overture for Winds (1959)『交響的序曲』Symphonic Overture (1963) といったこの時期に発表された作品を見ていくと、急-緩-急のいわゆる「序曲形式」が型としてある程度確立しており、また伝統的なリズム構造や調性に、新古典/コープランド風のシンコペーションや旋法的な要素を含む和声、またアクセントとしてのポピュラー音楽の要素を加えた、のちのこの分野における一つの雛型となる作風が見てとれます。なお曲構成に関してはエリクソンの『ソナチネSonatina for Band (1962) やカーターの『古典様式による序曲』Overture in Classical Style (1954) のような擬古典的な姿勢の作品はあてはまりませんし、エリクソンは Balladair (1958) や Air for Band (1966) で*16、コラール風のゆるやかな単一曲という、また一つの後年の典型ジャンルを開拓してもいるのですが。

いずれにせよ、ジム・コーディル Jim Andy Caudill (1932-) *17の素直な響きを強調した吹奏楽のための民話』Folklore for Band (1964) や『ランドマーク序曲』Landmark Overture (1974)、ピアニストとして活躍したあと放送業界に移ったシーザー・ジョヴァンニーニ Caesar Giovannini (1925-2017) の、より和声的な薬味が利いた『コラールとカプリチオ』Chorale and Capriccio (1965) や『序曲 変ロ長調Overture in B-flat (1966) *18、さらに時代が下り鋭角的な響きを組み込んでいったジャレド・スピアーズ Jared Spears (1934-) の*19『キンバリー序曲』Kimberly Overture (1969)『第3組曲Third Set (1972) やリーランド・フォースブラッド Leland Forsblad (1920-2006) の諸作 *20、不協和な響きの「前衛的」な語法*21や生のポピュラー音楽の語法も大胆に混淆したティモシー・ブロージュ(ブロージ)Timothy Broege (1947-) *22の『第5番』 Sinfonia V: Symphonia Sacra et Profana (1973) をはじめとする『シンフォニア』群や『首なし騎士』Headless Horseman (1973) 、といった後年の作品は、この流れの上で生まれたものと考えていいでしょう。

先ほど言及したもう2人、クレア・グランドマンは*23第1番 (1948) に始まる『アメリカ民謡狂詩曲』American Folk Rhapsody シリーズや『ケンタッキー1800』Kentucky 1800 (1954) 『ヘブリディーズ組曲Hebrides Suite (1962) といった一連の民謡編曲でホルストから続く伝統をつなぎ*24、レイサムは擬古調の『3つのコラール前奏曲Three Chorale Preludes (1956) と Court Festival (1957) で知られます*25。先に挙げてきた作曲家が「モダン」な方向に進んだのと比べると、新古典的な技法を通過しながらもサウンド的には伝統的な表情の作風で、のちに隆盛を迎える、調性のロマンティックな表現力を求める流れとも共通します。

 

ほかの記事で紹介してきたような高度な技術的要求をする作品群が新古典主義の主導で蓄積していったのと並行して、こうした技術的難易度に配慮した作品の発展も進んできたわけですが*26、もちろん両分野の前提条件に基づく傾向の違いも存在します。技術的難易度を制限した作品の場合、音を多くできない、リズム的に複雑なものは書きにくい、というのは当然ですがそれ以上に、各楽器の音域上の制約や、一人一人の奏者の責任を大きくできないという事情が働くため、オーケストレーション的には楽器の重ねを多く、組みあわせて使う傾向にあり、響きやすく低音から積みあげたサウンドの割合が増えます。60年代以降、楽器の重ねを薄くしてアンサンブルの明快さを志向する流れも存在したのを尻目にやや違った方向を向き、いままで「シンフォニック」と形容してきたバンドの鳴らし方におのずと接近することになります。マクベス『聖歌と祭り』(1963)『カント』(1978)『エスタンピー』(1999) 、C.T.スミス『エンペラータ序曲』(1964)『聖歌』Anthem (1978) のように厚いサウンドを持ち味とする作曲家たちの有名作はこの流れで考えられます。

やや遡れば、ジャズピアニストとしての活動と並行してデトロイトで音楽教育にたずさわり『セコイア』Sequoia (1941) と『海の肖像』Sea Portrait (1956) で知られるホーマー・ラガッシー Homer Lagassey (1902-1982) の、旋法的・ポピュラー風の和声を取り入れながらも濃厚にロマンティックな表情は、同時代のアメリ吹奏楽の流れでは目立って見えます。この延長線上に、たとえばリード70年代の代表作群にもつながる重厚なサウンドと感情の表出が聴かれるロナルド・ロ・プレスティ Ronald Lo Presti (1933-1985) の『あるアメリカ青年のためのエレジーElegy for a Young American (1967) があるのでしょうし、ひいてはリード 、バーンズ、カーナウといった面々が大曲と地続きの語法で存分に腕をふるう*27前提になったのだろうと思います。もっぱら低難易度作品で知られる作曲家のなかでは、分厚いサウンドと、ポピュラー音楽の要素が強い和声の陰影や歌謡性が特色のレックス・ミッチェル Rex Mitchell (1929-2011) もこの近傍でしょう*28

 

また、1970年前後になると、ミッチェル『序奏とファンタジア』 (1970) 、カーター『ラプソディック・エピソード』Rhapsodic Episode (1971) 、すこし遅れますがエリクソン『序曲祝典』Overture Jubiloso (1978) といった作品で、ラテン音楽由来の3-3-2のリズム*29+ポピュラー音楽におけるドラムスと同様にリズムの刻みで常に小節を埋めるパーカッション、というのちの定番語法*30が確立します。技術的な制約から細かい音符を書き込めない状況で、アレグロに推進力を与える役をスネアドラムなどパーカッションに与えるのが有効なのはマクベス『聖歌と祭り』ネリベル『フェスティーヴォ』で確認済みですし、ポピュラー音楽からの異物扱い*31でないシンコペーションエリクソントッカータ』などに現れていますが、この時期に二つが合わさったことで、初期から軽音楽の要素を積極的に取り入れてきたこの分野の音楽はまた一つ人好きのする要素を得ることになります。

 

以上を背景にして、『エグザルテーション』Exaltation (1978)『ノヴェナ』Novena (1980) で登場したのがジェイムズ・スウェアリンジェン James Swearingen (1947-) でした。技術的・表現的な親しみやすさを前提として、シンコペーションを多用したリズムを打楽器で支えながら、素直な調性を基調に旋法的で「モダン」なアクセントを随所に加え、要所を「シンフォニック」な壮大さで締める作風は一種模範的なもので、続けて80年代中盤~90年代初頭に登場したロバート・シェルドン Robert Sheldon (1954-) 、エド・ハックビー Ed Huckeby (1948-)*32 やデヴィッド・シェーファー David Shaffer (1953-)*33 とともに、低難易度作品のイメージを一度固定してしまうインパクトを持ちました。

この時期にはいわゆる「序曲形式」の規模の作品以外にも、スウェアリンジェン『ロマネスク』Romanesque (1982) を一つの画期に*34、ヒュー・スチュアート『聖歌』A Hymn for Band (1985) 、ホルジンガー『フィリップ・ブリスの讃美歌による』(1988) 、アンドリュー・ボイセンJr. Andrew Boysen Jr. (1986-) I Am (1990) 、ラリー・デーン Larry Daehn (1939-) As Summer Was Just Beginning (1994) With Quiet Courage (1996) 、ティケリ『アメイジング・グレイスAmazing Grace (1994)『シェナンドー』Shenandoah (1999) と緩徐系のレパートリーも充実していきます。

『エンカント』Encanto (1989)『ブラック・ホークの舞うところ』Where the Black Hawk Soars (1995) のロバート・W・スミス Robert W. Smith (1958-) や、『ホープタウンの休日』Hopetown Holiday (1998)『セドナSedona (2000) のティーヴン・ライニキー Steven Reineke (1970-) もこうした定型に乗った作曲家たちですが、R.W.スミスは『嵐の中へ』Into the Storm (1994)『テンペストThe Tempest (1995)『天空への挑戦』To Challenge the Sky and Heavens Above (2000)『機関車大追跡』The Great Locomotive Chase (2000) といった作品で、打楽器の大量動員や短旋法の活用による劇的なサウンド*35を広め、マイケル・スウィーニー Michael Sweeney (1952-)*36 などが追随しますし、ライニキーは『神々の運命』Fate of the Gods (2001) や『魔女と聖者』The Witch and the Saint (2005) などでやはりドラマティックで大きなコントラストのついた展開を持ちこんでいます*37

 

2000年代に入ってからで目に付くトピックといえば、バンド指導者として名を馳せたリチャード・ソーセイド Richard Saucedo (1957-) の作品出版が大幅に進んだことでしょうか*38。幅広いバンドが取り上げることを意識した Awakening Hills (2003) Flight of the Thunderbird (2004) Into the Clouds! (2007) As Tears Fall on Dawn's New Light (2013) といった作品群は、彼が深く関わっているマーチングバンドを思わせるような打楽器、特に鍵盤打楽器を重用した華やかなサウンドが特徴的です*39。ほかでも書いてきたように、打楽器・鍵盤打楽器の役割の拡大は低難易度書法との相性が良いのと同時に吹奏楽界全体の趨勢でもあり、こうした色彩感はたとえばブライアン・バルメイジス Brian Balmages (1975-) などに引きつがれます。Midnight on Main Street (2009) Love and Light (2020) のように奏者に高度な要求をする作品でも知られる一方で、ポピュラー音楽の語法を直接的に取り入れた Blue Ridge Reel (2013) Groove Music (2013) 、このジャンルの本道とでもいうべき明朗さを持った Summer Dances (2000) Among the Clouds (2004) When Spirits Soar (2006) Sparks (2007) 、民俗的な題材を扱った Arabian Dances (2009) Within the Castle Walls (2012) 、抒情性を前に出した Rain (2008) Endless Rainbows (2013) 、ドラマティックな効果を活用した Moscow, 1941 (2006) Reverberations (2009) Nevermore (2011) Open Space (2014) など、これまでのジャンルの蓄積の上にいながらさらに色彩感を拡張した作品群が広く知られており、現在のこの分野を先導する一人といえます。

 

そのほかにも現在、Larry Neeck (1950-)*40 Larry Clark (1963-) *41 Brant Karrick (1960-)*42 William Owens (1963-)*43  Vince Gassi (1959-) *44 Todd Stalter (1966-)*45 Michael Markowski (1986-)*46 Matt Conaway (1979-)*47 Michael Oare (1960-)*48 Alex Shapiro (1962-)*49 Randall Standridge (1976-)*50 Aaron Perrine (1979-)*51 David Biedenbender (1984-)*52 Carol Brittin Chambers (1970-)*53 Tyler S. Grant (1995-)*54 などの作曲家が積極的にこの分野に作品を提供しています*55。オストウォルド賞(2011- 隔年)、クロード・T・スミス記念コンテスト Claude T. Smith Memorial Composition Contest (1985-) 、NBAメリル・ジョーンズ記念コンテスト Merrill Jones Memorial Composition Contest (1992-) 、NBA/Alfred Music Young Band Composition Contest (2012-) 、CBDNA Young Band Composition Contest (1999-) のように楽曲の難易度を指定した作曲賞も多くありますし、吹奏楽の有名曲の簡易編曲*56、複数示された選択肢を参考に演奏側が楽器を割り当てていくフレックス編成(adaptable band)といった興味深いトピックも持ち上がっている分野です。

ヨーロッパでも、いわゆる Light Music の分野を横目でにらみ、時に重なりながら、ウェニャン、レインスホーテン、フラクブルジョワ、デ・ハーン兄弟、スパークヴァン・デル・ロースト、ジェイムズ・レイ James Rae (1957-) 、ゴーブ、メルテンス、ヨハン・ネイス Johan Nijs (1963-) 、フェラン、ドス、オットー・シュワルツ、ジャン=ピエール・ヘック Jean-Pierre Haeck (1968-) 、マルク・ジャンブルカン Marc Jeanbourquin (1977-) 、ピーター・ミーチャン Peter Meechan (1980-) 、ティエリー・ドゥルルイエル Thierry Deleruyelle (1983-) 、ティーモ・クラース Thiemo Kraas (1984-) などがこの分野のカタログを充実させていて、シンガポールに拠点を置くベンジャミン・ヨー Benjamin Yeo (1982-) *57のような存在もいますし、日本でもアメリカに留学した後藤洋 (1958-) *58や、海外での楽譜出版が多い西邑由記子 (1967-)*59、広瀬勇人 (1974-)*60、和田直也 (1986-)*61 などが意識的に、編成や技術的難易度に配慮した作品を多く送り出しています*62

Music of Brian Balmages 1

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*1:アメリカの中学校・高校ではオーケストラのカリキュラムも一般的で、管弦楽弦楽合奏でも同様に編成や難易度に配慮した作品が市場を形成しています。ヨーロッパの作曲家がウィンドバンド/ブラスバンド/ファンファーレオルケストを行き来するように、アメリカのこの分野ではバンド/管弦楽/弦楽合奏、くわえてマーチングバンド/ビッグバンドで行き来が起きる、と言えるかもしれません。

*2:この分類は必ずしも統一されているわけではなく、日本やヨーロッパでははっきりとした基準はありませんし、アメリカの場合、出版社や各団体(主に州の指導者協会)によって判断基準は示されますが、具体的にどの作品がどこに分類されるかはまちまちです。ここでは出版社によるものを中心に、確認できた各所のグレード表示を加味して判断します。

*3:日本で言うなら、東芝兼田敏/東京佼成吹奏楽団『吹奏楽オリジナル名曲集』、『吹奏楽ベストセレクション』シリーズ、CBSソニーの『吹奏楽コンクール自由曲集』シリーズ、キングレコード山田一雄/東京吹奏楽団の録音などをたどるとこれらのレパートリーの伝播を知る手がかりになりそうですが、LPのみの音源や、CD化にあたって曲目が組み替えられている場合も多いです。

*4:そうした「クラシック」のなかに含まれる技術的要求の高い作品は、リード、バーンズ、ジェイガー『ヒロイック・サガ』『シンフォニア・ノビリッシマ』というロマンティックな音調が特徴な作品群が多いのが、日本のレパートリー形成という面で興味深い現象です。

*5:この前後にイリノイ大学のA.A.ハーディングや、のちにミシガン大学のバンドを率いるウィリアム・レヴェリなどと知り合っています。

*6:ほかに『ハスケルの暴れん坊』Haskell's Rascals (1954)『ドライ・ボーンズ』Dry Bones (1949) など。当時新興出版社だったNeil A. Kjos から出版した、クロード・ブライアン・スミス Claude Bryan Smith とハロルド・バックマン Harold Bachman との共作のバンド教本も「代表作」に数えられるでしょう。

*7:『パチンコ』Pachinko (1968) とともに、1965年から数度行われた日本滞在の産物。日本に限らずヨーロッパの各国を訪れてバンド運動の裾野を広げる活動にたずさわり、1949年の立ち上げにも関わったアメリカ有数の教育音楽における情報交換の場であるミッドウェスト・クリニックでも海外のバンドの紹介を推進しました。

*8:ほかに『ジャマイカ民謡組曲Jamaican Folk Suite (1966) 『西部の人々』The Westerners (1956) 『リートニア序曲』Leetonia (1957) など。

*9:ヨーダーと共作。

*10:ほかに『イシターの凱旋』Triumph of Ishtar (1946)『ポンセ・デ・レオン』Ponce de Leon (1962) など。

*11:コルネット奏者でバンド指導者だったカール・フランカイザー Carl Frangkiser (1894-1967) の『ヒッコリーの丘』Hickory Hill (1957) や、作編曲家・クリニシャンとして活動したフランク・コフィールド Frank D. Cofield (1913-2005) の『ティアラ』Tiara (1956) もここに分類していいと思います。

*12:なお、後述する作曲家が参入して「正装」を意識したスタイルの作品が増える50年代以降でも、軽音楽/ライト・クラシック/シンフォニック・ポップス/吹奏楽オリジナル・ポップスとこのジャンルの距離の近さが変わるわけではなく、多くの編曲作品(ほかで名前が挙がっているほかに、リチャード・ロウデン Richard Lowden (1920-1998) やウォーレン・バーカー Warren Barker (1923-2006) などの作編曲家が活躍しています)とともに、グレン・オッサー Glenn Osser (1914-2014)『ビギン・フォー・バンド』Beguine for Band (1954) ジョン・カカヴァス John Cacavas (1930-2014)『ブラス・フィーバー』Brass Fever (1978) ジェイ・チャッタウェイ Jay Chattaway (1949-)『スパニッシュ・フィーバー』Spanish Fever (1978) 、あるいは多数の作品に吹奏楽版を作っているルロイ・アンダーソン Leroy Anderson (1908-1975) の作品群などが演奏されつづけます。

*13:ほかに『式典のための音楽』Music for a Celemony (1963)『皇帝への頌歌』Royal Processional (1968) など。

*14:ほかに『リズム・オブ・ザ・ウィンズ』Rhythm of the Winds (1964)『ブルーリッジ序曲』Blue Ridge Overture (1976) など。バンドにさらに大規模な作品を提供しようと書かれた3つの交響曲 (1954, 1958, 1984) 、調性感の希薄な部分を含む Saturnalia (1967) 、バルトークやクルシェネク、ストラヴィンスキーの編曲ではまた違う面が見えます。

*15:ほかに『管楽器のためのソナタSonata for Winds (1969) 『クイーンシティ組曲Queen City Suite (1970)『序奏とカプリス』Introduction and Caprice (1973) など。

*16:演奏頻度は落ちますが Chorale for Band (1963) も。

*17:コーディルはフェネルの講座を受講したことがあり、『民話』はフェネルに献呈されています。

*18:ともにスコアリングは Wayne Robinson。シンプルなマーチ群や編曲作品でも知られるジョン・エドモンソン John Edmondson (1933-2016) の『ページェントリー序曲』(壮麗なる序曲)Pageantry Overture (1970) もここに並べておきたいです。

*19:ほかに『ノヴェレッテ』Novelette (1978)『ウォバッシュ地方の伝説』Wabash County Saga (1979) At a Dixieland Jazz Funeral (1980)『雅歌』Canticles (1982)『ニューリヴァー組曲New River Suite (1987) など。打楽器アンサンブルの分野もよく取り上げられます。

*20:Edifice (1973) 、Introit and Bravura (1973、”Edifice” とともにスコアリングは Wayne Livingston) 、Synopsis (1974) 、Prerogatives (1975) 、『連祷とアレルヤLitany and Alleluia (1976) など。

*21:60年代以降は、コンポーザー・イン・レジデンスを務めていた高校のために書かれたジョン・ペニントン John Pennington『アポロ』Apollo (1968) や、カール・フィッシャー社の委嘱プロジェクトでベンソンやハンソン、エリー・シーグマイスターやカルロス・チャベスと並んで書かれたサミュエル・アドラー Samuel Adler (1928-) A Little Night and Day Music (1976) のように不確定性や微分音を用いた作品、Herbert Bielawa の Spectrum (1967) のように電子音を用いた作品もこの分野に現れます。

*22:やや伝統的な風情の作品としては『リズム・マシーン』Rhythm Machine (1986) や『夢と空想』Dreams and Fancies (1988) 、Peace Song (1993) なども。

*23:むしろ日本では、ブージー・アンド・ホークス社のために手がけた『キャンディード序曲』(1955/1986) や『スラヴァ!』(1977/1978) などのレナード・バーンスタイン作品の編曲のほうが知られているかもしれません。バーンスタインガーシュインと並び、広く人気がありながら管楽作品は少ないアメリカの作曲家で、バンド分野ではもっぱら編曲で親しまれていますが、いくつかのファンファーレや金管アンサンブル作品のほか、クラリネットソロをフィーチャーしたビッグバンドのための『プレリュード、フーガとリフ』Prelude, Fugue and Riffs (1955) が取り上げられます。

*24:この延長線上にあるのが、R.シュトラウス『万霊節』Allerseelen の編曲 (1955) で知られるアルバート・オリヴァー・デイヴィス Albert Oliver Davis (1920-2004) の『ウェールズの歌』Songs of Wales (1970) であったり、ピエール・ラプラント Pierre La Plante (1943-) の American Riversongs (1991)『草原の歌』Prairie Songs (1998) をはじめとする作品群などでしょう。さらに民謡編曲をヴァーチャルに再現したヒュー・スチュアート『グロスターの3つのエア』Three Ayres from Gloucester (1969) のような作品群もあります。

*25:こちらはボブ・マーゴリス Bob Margolis (1949-) による The Battle Pavane (1981) Fanfare, Ode and Festival (1982) Soldiers' Procession and Sword Dance (1999) などのルネサンス音楽のシンプルな編曲——その原点と見なせるのが力作『テルプシコーレ』Terpsichore (1981) で、打楽器を筆頭にした物量作戦で多彩な小アンサンブルを再現する構想がユニークです——につながるでしょうか。レイサムはイギリスの先達に倣った民謡調の Brighton Beach (1954) と Proud Heritage (1956) の2曲のマーチでも知られています。

*26:40-50年代に大学・プロバンドに作品を提供した作曲家たちも、C.ウィリアムズVariation Overture (1961)『献呈序曲』Dedicatory Overture (1964) 、パーシケッティ『セレナード第11番』(1960) やM.グールド『小組曲Mini Suite (1968) のように60年代に低難易度作品を提供していますし、チャンス『呪文と踊り』(1960)『ミュージカル・コメディのための序曲』(1962) 、デロ=ジョイオ 『「ルーヴル」のための音楽』(1966)『風刺的な踊り』(1975) 、ネリベル『フェスティーヴォ』(1968) 、ジェイガー『第三組曲』(1966)『ジュビラーテ』(1978) をはじめ、両分野に並行して重要なレパートリーを残す作曲家も珍しくなくなります。

*27:リードの『スラヴ民謡組曲』(1953) 、『グリーンスリーヴス』Greensleeves (1961) 、バッハ『甘き死よ、来たれ』Come, Sweet Death (1979)『主よ、人の望みの喜びよ』Jesu, Joy of Man's Desiring (1981) 、フランク『天使の糧』Panis Angelicus (1988) といった編曲や『ラッシュモア』Rushmore (1981)『ゴールデン・イヤー』The Golden Year (1997) 、バーンズの『アルヴァマー序曲』(1981)『アパラチアン序曲』(1983)『ヨークシャー・バラード』(1985) 『ヒーザーウッド・ポートレイト』(1991) 、カーナウの『コリアン・フォーク・ラプソディー』Korean Folk Rhapsody (1988) 『カンティクム』Canticum (1988) 『ネイサン・ヘイル・トリロジーNathan Hale Trilogy (1990) 『~の一日』シリーズ A Day at the Zoo (1996)/Museum (1997)/Circus (1998)/Fair (2003)/in the Space (2007) など。

*28:急速部ではリズムの強調や五音音階風の音選びによって角ばった書法も見られますが。作品の出版が始まったのは1960年前後からで、『序奏とファンタジア』Introduction and Fantasia (1970) が知られたあと、『海の歌』A Song of the Sea (1977)『スターフライト序曲』Starflight Overture (1980)『大草原の歌』Song of the Prairie (1983) などがふたたび知名度を得ます。

*29:いわゆる「トレシージョ」で、ハバネラを源流の一つに持ち、ラグタイム、ジャズ、ロックにも流れ込みあるいは共鳴して埋め込まれています。

*30:コープランド風の角ばったシンコペーション→2小節単位の3-3-3-3-2-2刻みのバッキング→ハイハットの刻みやクラベスが加わる3-3-2、と推移するエルマー・バーンスタイン『荒野の七人』(1960) テーマ曲が源流のほうにいるかもしれません。

*31:リードの交響曲第1番第3楽章 (1952) やエリクソン『リズム・オブ・ウィンズ』のように。

*32:『アクラメイション』Acclamations (1990)『宣言、バラードと終曲』Declaration, Ballade and Finale (1990)『アッシュランド・パーク』Ashland Park (1996)『バビロンの流れのほとりで』By the Rivers of Babylon (2000) など。

*33:Excellentia Overture (1985) Dedicata (1988) など。しかしシンフォニック・ポップス色が強い Arabesque (1987) Regatta for Winds (1993) を経て、『ペガサスの飛翔』Flight of the Pegasus (1994) 『光の中へ』Into the Light (1997) といったあたりはスウェアリンジェン調にポピュラーの味付けを濃く施した趣ですし、さらに『炎の踊り』Fire Dance (2001) Ceremony, Chant and Ritual (2002) などはR.W.スミス風のドラマティックさが特徴的で、なかなか括るのが難しい作曲家です。

*34:当時幅広いバンドの手が届く緩徐曲はエリクソンの2曲ぐらいしかなかった、と回想するスウェアリンジェンがデル・ボルゴ『アダージョAdagio for Winds (1974) に言及していないのは、ソロ重視の書法のためでしょうか。ほかにもデル・ボルゴは Chant Rituals (1993) 、Flight of Eagles (1994) Shaker Variants (1995) Songs of the Whalemen (1995) といった低難度作品をレパートリーに送りこんでいるほか、低難易度の弦楽合奏作品も広く演奏されています。

*35:打楽器のリズムや完全音程を多用して武骨さを演出しながら土俗的な題材を扱うジェイムズ・プロイハー James D. Ployhar (1926-2007)『スー族の旋律による変奏曲』Variations on a Sioux Melody (1978) やマーク・チャッタウェイ Mark Chattaway (1946-)『マザーマ』Mazama (1985) などに時間軸をさかのぼっていけると思います。描写的で多彩な打楽器群は、取り組みやすさを意識しながらさまざまな音響効果を持ち込んでいたダニエル・バクヴィッチ Daniel Bukvich (1954-) の『イン・メモリアム、ドレスデン1945』Symphony No. 1, "In Memoriam, Dresden, 1945" (1978)『ヴードゥーVoodoo (1984)『ダイナソーDinosaurs (1991) 、トーマス・ダフィー Thomas C. Duffy (1955-) の Snakes! (1991) Crystals (1992) なども前提にあったでしょうか。

*36:Ancient Voices (1994) The Forge of the Vulcan (1997) Celtic Air and Dance (2007) Earthdance (2010) など。

*37:いわゆるポップス・オーケストラの人気指揮者として知られるライニキーはハリウッドの映画音楽からの影響も受けており、『セドナ』と『シルバラード』Silverado (1985) 、『激流の中へ』Into the Raging River (1999) と『インデペンデンス・デイ』(1996) の類似もよく指摘されます。

*38:作品出版自体は80年代から行われています。

*39:アイアナコーンの After a Gentle Rain (1979) のような前例はありましたが、さらに低い難易度を狙った Plymouth Trilogy (1981) ではすこしばかり伝統的な用法に寄っているなど、シュワントナーを転折点とする音色感が浸透してくるにはすこし時間がかかっています。

*40:Under An Irish Sky (2002) Stormchasers (2006) Velocity (2008) Voyage to the Edge of the World (2013) など。

*41:Digital Prisms (2001) Cold Mountain Saga (2006) Exhilaration (2009) Ascending (2013) など。

*42:Songs of Old Kentucky (2007) J.S. Jig (2008) Cumberland Falls Overture (2008) など。Mambo Furioso (2006) See Rock City (2011) といった難易度の高い作品も知られています。

*43:The Blue Orchid (2005) Carpathia (2007) Carnegie Anthem (2012) など。

*44:Crusade (2006) Big Raven (2009) Chimera (2011) Wings (2012) など。

*45:Clouds That Sail in Heaven (2007) Rampage! (2009) Critical Mass (2010) など。

*46:joyRiDE (2005) Shadow Rituals (2006) The Cave You Fear (2014) など。

*47:Snakebite! (2008) Sol Invictus (2009) といった作品のほか、マーチングバンドのための編曲群や、Minimalist Dances (2014) など高グレード作品でも知られます。

*48:Cyclone (2013) Uproar (2013) Equilibrium (2015) など。

*49:Paper Cut (2010) Tight Squeeze (2012) Rock Music (2016) などバンドと打ち込み音を共演させる作品で知られます。

*50:Afterburn (2009) Steel (2011) Winds of Change (2016) Darklands Symphony (2014-2017) など。

*51:April (2004) Pale Blue on Deep (2011) Temperance (2016) など。

*52:Luminescence (2009) Melodious Thunk (2012) Unquiet Hours (2017) など。

*53:So Wondrous Bright (2015) Sunchaser (2017) Byzantine Dances (2018) など。

*54:…at Twilight (2014) Resplendent Light (2016) Shimmering Joy (2018) など。

*55:いくつかの作曲家は、アメリカ作曲家フォーラムが2002年以降展開した委嘱・出版プロジェクト "BandQuest" という軸にまとめられます。ほかに、別記事で言及する作曲家からは例としてウィテカー『スリープ』Sleep (2000)『オクトーバー』October (2000) 、ティケリ『シンプル・ギフト』Simple Gifts: Four Shaker Songs (2002)『ジョイ』Joy (2005)『アース・ソング』Earth Song for Band (2012) 、マッキー『アンダートウ』Undertow (2008)『シェルタリング・スカイSheltering Sky (2012)『ライトニング・フィールド』Lightning Field (2015) 、ブライアント Bloom (2004) The Machine Awakes (2012) などが重要なレパートリーになっています。

*56:たとえばホルストの第一組曲の場合、マイケル・ストーリー Michael Story (1956-) による第3楽章だけの短縮編曲や、スウィーニーによる第1、第3楽章のダイジェスト版、ロバート・ロングフィールド Robert Longfield (1947-) による全曲に技術的な調整をわずかに加えたバージョンなどが存在します。低難易度作品を提供してきた作曲家たちは少なからず編曲の分野でも活躍してきた歴史があり、彼らや Jay Bocook (1953-) Paul Murtha (1960-) Ralph Ford (1963-) といった(オリジナル作品もありますが)編曲を軸に活動している面々もレパートリー形成という面では重要な役割を担っています。

*57:Phoenix Overture (2010) Jubilance (2011) Flight: Adventure in the Sky (2011) City of Dreams (2016) など。

*58:留学後の作品では『スター・ファンタジー』(2008)『アンコール!』(2010)『ソングス』Songs for Wind Ensemble (2011)『小さな祝典音楽』(2011) など。

*59:『星の船』Star Ship (2002) 『エンシェント・フラワー』Ancient Flower (2015)『ウィンターミルキーウェイWinter Milky Way (2017) など。奏者への要求の大きい作品としては『ブライト・ムーン』(1994)『スパークルベリー』(2006) があるほか、弦楽合奏の分野でも知られています。

*60:アルカディア』(2008) 『銀河鉄道』(2009)『スプリングフィールド』(2014)『西遊記~天竺への道』(2016) など。ベルギーでヴァン・デル・ローストに学び、『キャプテン・マルコ』(1998)『バベルの塔』(2006) といった大規模でダイナミックな作品も残しています。

*61:スウェアリンジェンたちへの意識を公言しており、『フラワー・クラウン』(2012)『碧空への出航』Voyage into the Blue (2014)『明日へ吹く風』(2016) などがあります。

*62:日本での活動の比重が大きい中では、全日本吹奏楽コンクールの課題曲に選出された4曲のマーチ、金管アンサンブル作品や多数の編曲で知られる高橋宏樹 (1979-) の『フィールズ・オーバーチュア』(2013)『三日月の彼方』(2013) 『おもちゃ箱のファンタジー』(2016) フレックス編成のための『小さな楽団のための組曲』シリーズ (2012, 2015) といったあたりも演奏機会が増えています。

41. デ・メイ:交響曲第1番『指輪物語』

80年代に入る前後からオランダで次々名前を広めていった作曲家たち*1のなかでも、ヨハン・デ・メイ Johan de Meij (1953-) が吹奏楽の編曲*2からキャリアを始め、初めて書いたオリジナルな大規模作品である交響曲第1番『指輪物語Symphony No. 1 "Lord of the Rings" (1984-88) がアメリカで賞を受け、個人出版社を立ち上げて出版し順調に再演を重ねる、というサクセスストーリーは強烈な存在感を放つ作品自体とともに有名になっているものと思います。

この作品では、ロマン派の伝統につながるダイナミックな劇性や、作曲当時は珍しい楽曲の規模もそうですが、ワーグナーと類比されたというシンフォニックなサウンドが何よりの特徴です。同時にその響きは風通しのいい、ヴィヴィッドなもので、同族以外の楽器との重ねには慎重で、使う場合にも「混合色」であることを意識して室内楽的な場面を選んだり、混合しすぎず主従関係が明確になる音色を選ぶなど、注意が払われています*3。それをダイナミックに「鳴らす」ことを考えると個々の楽器にとっては過酷な場面も現れますが、デ・メイが接してきたヨーロッパのバンドは100人級の大編成も珍しくなく、大音量自体が課題にはならないことを考えると、こうした書法にも納得がいきます。

選ぶ音色自体への意識に加えて、合奏に遠近感を与える書法も特徴的です*4。「指輪物語」では特に中間の3つの楽章に顕著ですが、伴奏が旋律を"支え"ながら同期して動いたり、対位法的に"縦に"声部が積み上がったりという形を取らず、あまり和声進行せずに細かい反復音型で埋められた「背景」に、音色によってはっきりと対比された各声部が配置されていく作りがデ・メイの書法の中核であり、ヨーロッパ好みの分厚い「鳴り」とクリアな音響が両立している理由だと思います。

もともと、単一の三和音や音階を基調にしたシンプルな素材を、反復が基調のシンプルな方法で展開させていき*5、そこにヴィヴィッドな音色で命を吹き込むのが身上だったデ・メイですが、交響曲第2番『ビッグ・アップル』Symphony No.2 " Big Apple" (1991-1993) ではっきりとジョン・アダムズや同じオランダのルイ・アンドリーセン*6を参照したことで、ミニマル音楽との接点がにわかに浮かび上がってきます*7。ピアノを含む鍵盤打楽器を好み、旋律楽器に反復音型を演奏させて空間を埋めていくミニマル音楽の楽器法も、もともとデ・メイが試みていた手法に近いものでした。交響曲第3番『プラネット・アース』Symphony No.3 "Planet Earth" (2006/2007) をはじめとする以降の作品でも同様の音響は活用されていますが、はじめ管弦楽のために書かれ吹奏楽に編曲されたこの作品やのちに管弦楽に編曲された交響曲第1番、第2番において、編曲前と編曲後の音響イメージに大きく変わりがないのは、デ・メイのシンフォニックな吹奏楽書法の確かさを表しているものでしょう。

ファンファーレオルケストのための『ペンタグラム』Pentagram (1990) を編曲した『クインテセンザ』Quintessenza (1998) 、ブラスバンドのために作曲され*8、のちにコンサートバンドに編曲された『エクストリーム・メイクオーヴァー』Extreme Makeover (2004/2006) はシンプルで耳に残る素材と反復中心の書法が、ブロック的な構造と結びついて印象的な作品になっていますし、トロンボーン協奏曲『Tボーン協奏曲』T-Bone Concerto (1996) や『2ボーン協奏曲』Two-Bone Concerto (2016) はそこに旋律性が加わります。一方、チェロ協奏曲『カサノヴァ』Casanova (1999) や交響曲第4番『歌の交響曲Symphony No.4 "Sinfonie der Lieder" (2013) には『ネス湖Loch Ness (1988) や『指輪物語』といった作品に通じる劇的な性格が導入され、世紀転換期のロマンティックな音楽との連続性をほのかに漂わせています。

音響そのものへの関心は近作ではさらに発展していて、『プラネット・アース』では電子音響が、『サンマルコのこだま』Echoes of San Marco (2016) や組曲『オランダの巨匠たち』(ダッチ・マスターズ組曲Dutch Masters Suite (2008) などでは空間的な要素が導入され、『クラウド・ファクトリー』Cloud Factory (2011) や『ダ・ヴィンチDa Vinci (2019) といった作品では素材の単純化と音色への注力がさらに進んでいます。『フィフティ・シェイズ・オブ・E』Fifty Shades of E (2016) や交響曲第5番『中つ国への帰還』Symphony No.5 "Return to Middle Earth" (2018) はそうした探求と、伝統的な表現性がバランスした例と言えるでしょう。

 

いくらでも録音がある「名曲」で、この大曲に取り組もうというバンドならどれを選んでもそう変な演奏はしないとは思いますが、ひとまずイェンセン/デンマーク・コンサート・バンド Danish Concert Band 盤 (Rondo Grammofon, 1995) が響きの充実と表現の明確さを備えた演奏として推薦できます。さらに豊かな響きが味わえるフリーセン/トルン聖ミカエル吹奏楽団 (World Wind Music, 1997) 、シャープさが特徴のボナー/アメリカ空軍バンド (Altissimo, 1992) も挙げておきます。

指輪物語: Danish Concert Band

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T-Bone Concerto & The Lord of the Rings

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  • 発売日: 2020/07/01
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The Lord of the Rings

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*1:デ・ハーン兄弟、ロブ・ホールハイス Rob Goorhuis (1948-) 、ベルナルト・ファン・ブールデン Bernard van Beurden (1933-2016) 、キース・スホーネンベーク Kees Schoonenbeek (1947-) 、80年代末からの活躍になりますがエドゥアルト・デ・ブール(アレクサンダー・コミタス)Eduard de Boer a.k.a. Alexander Comitas (1957-)など。また、『アルマゲドン』Armaggeddon (1987) 交響曲第1番『ヴォイス・オブ・マインド』Symphony Nr. 1 "Voice of Mind" (1985) "Requiem for a captive Condor" (1992) Variazioni sinfoniche su "Non potho reposare" (2001) などで知られるハーディ・メルテンス Hardy Mertens (1960-) は80年代前半から活動し、デ・メイと近い時期に注目を浴びています。余談ですがメルテンスも同時期に『指輪物語』がらみのファンファーレ/ブラスバンド曲『アラゴルンAragorn (1987/1991) やファンファーレオルケスト曲『アイヌア』Ainur (1987)を書いています。

*2:オペラ座の怪人』『モーメント・フォー・モリコーネ』などモレナール Molenaar社のための編曲作品群は今でも演奏が重ねられています。

*3:サドラー賞の前後の受賞作を見ても、フサのウィンドアンサンブルのための協奏曲、コルグラス『ナグアルの風』、管楽オーケストラにサックスとユーフォニアムを入れた編成のニコラス・モー『アメリカン・ゲームス』American Games (1991) 、ネルソン『パッサカリア』と「ウィンド・アンサンブル」指向の作品が多く、音色のクリアさが大きな課題だったのがうかがえます。

*4:H.O.リードの交響曲『メキシコの祭り』 のときも似たようなことを書きました。

*5:単一の主題を伴奏や音色の変化だけで彩っていくいわゆるロシア的変奏法を実践した『指輪物語』の第5楽章はまだかなり伝統的で、限られた素材と手段だけで構成された第3楽章などにのちの展開の萌芽が見えます。三和音的な主題はその第5楽章のほかに、『Tボーン協奏曲』や組曲『オランダの巨匠たち』などに例があります。三和音(とその付加和音)への執着は、デ・メイの作品の響きの良さにもつながっていそうです。

*6:『ビッグ・アップル』作曲当時のデ・メイはアンドリーセンが設立したアンサンブル Orkest de Volharding にトロンボーン奏者として参加していました。

*7:ベッドフォード『波濤にかかる虹』(1984) のような例はありますが、吹奏楽におけるミニマル音楽の参照としてはかなり早い部類でしょう。もっとも、それまでのミニマル音楽の展開からするとアダムズやアンドリーセンの作品は豊富な素材を使う「マキシマル」な存在で、伝統的な書法から単純化が進んでいたデ・メイとここでかち会ったと言えそうです。アダムズの作品も吹奏楽編曲で親しまれているほか、『グランド・ピアノラ・ミュージック』Grand Pianola Music (1981) や Scratchband (1996) 、シェーンベルクに倣った室内交響曲 (1992) など管楽中心の作品があります。

*8:デ・メイの作品はコンサートバンド編成に集中しており、ファンファーレオルケスト編成は『ペンタグラム』以降しばらく空き、ブラスバンド作品を手がけたのはこれが最初です。

39-40. ヴァン・デル・ロースト:アルセナール / カンタベリー・コラール

ベルギーのヤン・ヴァン・デル・ロースト Jan van der Roost (1956-) も、ヨーロッパの吹奏楽界に一時代を画したスターと言える存在です*1。ヨーロッパのバンド作曲家の常として、コンサートバンドだけでなく英国式ブラスバンドにも大小問わず作品を提供していますが、イギリスのスパークなどと比べると比率はやや少なく、代わりにベネルクス諸国の状況を反映して80年代からファンファーレオルケスト*2の分野に取り組んでいます。

彼の初出版作品は、大学在学中に書いた金管五重奏のための『プロヴァンス民謡集』Provencaalse Volksliederen (1979) です*3が、本格的に作曲家としての知名度が上がったのは当時新興だった(1983年設立)オランダの出版社、デ・ハスケ De Haske から発表された吹奏楽曲、『リクディムRikudim (1986) 『プスタPuszta (1988) *4スパルタクスSpartacus (1989) といった作品が人気を博してからでしょう。ヴァン・デル・ローストに限らず1980年代から90年代にかけてヨーロッパで吹奏楽作曲家の勢力図が大きく塗り替わっていったのには、Mitropa (1989設立) 、Obrasso (1991設立)、Hafabra Music (1993設立)、 Beriato (1996設立) などのバンド音楽に軸足を置く新しい出版社が続けて生まれたのも影響していそうです。デ・ハスケの創業者であるヤン・デ・ハーン Jan de Haan (1951-) とその弟のヤコブ・デ・ハーン Jacob de Haan (1959-) も作曲家として有名で、ヤンは『バンヤ・ルカ』Banja Luka (1995) や『新時代への序曲』Overture to a New Age (1995) など比較的大がかりで重厚な作品、ヤコブは『ロス・ロイ』Ross Roy (1997) や『コンチェルト・ダモーレ』Concerto d'Amore (1995) などポップで人なつこい作品を軸として知られています。

ヴァン・デル・ローストは比較的引き出しの多い作曲家です。ごく初期の作品群を概観してみても、人気作であり続編的な性格の作品群もある『リクディム』や『プスタ』はブラームスドヴォルザーク、リストなどの作例を思い出す19世紀ロマン派そのものの手つきで民俗的な題材を扱った作品ですし、同じ舞曲集でも『4つの古い舞曲』Four Old Dances (1986) はルネッサンス時代を夢想する旋法的で擬古的な筆致、『ブラジリアーナ』Brasiliana (1987) は軽妙なダンス音楽です。ピアノのためのディヴェルティメント (1983) は20世紀前半に開拓された和声語法を活用してかなりとらえどころのない響きが聴かれますし、ブラスバンドのための『ストーンヘンジStonehenge (1992) やレスピーギにオマージュを捧げたという*5スパルタクス』ではリズムを強調した鋭角的な楽想も登場します。これらにまして、たとえば『フラッシング・ウィンズFlashing Winds (1989) や『オリンピカOlympica (1993) 、ブラスバンドのための『エクスカリバーExculibur (1988) などで見せた、一足先に世に出ていたスパークたちからの流れを汲み、ヨーロッパ的な稠密さにアメリカ的な解放感、ポップさが加わった汎大西洋的な様式とでもいうべきものは、くぐもりを持った純ロマンティックな面*6と並び彼のパブリックなイメージの一角を担っているとともに、ヴァン・デル・ロースト個人のものにとどまらず多くの作曲家たちの範になっていると思います。

スパルタクス』や『ストーンヘンジ』、『モンタニャールの詩』(山の詩)Poème Montagnard (1996) のような大規模な作品ともなれば、山あり谷ありのスペクタクルを表現するため一曲のなかでこれらが同居するさまが聴きものになります*7。あえて彼の作品に広く共通するものを挙げるなら、重心が低く目の詰まった、シンフォニックな吹奏楽の響き*8や、どこかに真剣さの苦みのようなものがあり、19世紀ドイツ語圏からの距離で測られるいわゆる「クラシック」の歴史に自分をつなぎとめようとする姿勢でしょうか*9

ここまで挙げてきたほかにも、『ダイナミカ』Dynamica (1996) 、『クレデンティウム』Credentium (1998)『シンガプーラ組曲Singapura Suite (1998)『マンハッタン・ピクチャーズ』Manhattan Pictures (1994)『セント・マーティン組曲St. Martin's Suite (1992/1992) 『アマゾニア』Amazonia (1990) など有名作と目される作品はいくらでも挙がってきますし、『いにしえの時から』From Ancient Times (2009/2010) 『オスティナーティ』Ostinati (2011/2012)『グロリオーゾ』Glorioso (2017) のような比較的最近の力作も聴いておくべきで、大作の『シンフォニエッタ「水都のスケッチ」』Sinfonietta "Suito Sketches" (2001) やシンフォニア・ハンガリカ』Sinfonia Hungarica (2000) がないと始まらないだろうという気持ちもあります*10。ですが『アルセナール』Arsenal (1995) カンタベリー・コラール』Canterbury Chorale (1991) の2曲を挙げるのは、あらゆる手段を注ぎこんだ力作群以上に、小規模な作品を押しも押されもしない定番のコンサートピースとして送り込んでいることに、ヴァン・デル・ローストを人気作曲家にした地肩の強さのようなものを見たいからです。イギリス風のマーチのシリーズである最初期の『セレモニアル・マーチ』Celemonial March (1986) と『アルセナール』には神話絡みの名前を冠した『マーキュリー』Mercury (1991) や『オリオン』Orion (2000) などが続き、『カンタベリー・コラール』には『アントワープ賛歌』Hymnus Antverpiae (1993) 『アダージョAdagio (2006) 『希望の歌』Song of Hope (2011) といったゆったりしたテンポの作品が続いて、どれも広く愛されています。

録音は数えきれないほどありますが、ヴァン・デル・ロースト/大阪市音楽団盤 (Fontec, 2002) が有名作を揃え、最初の一枚として強く薦められます*11。大作2曲を入れたヴァン・デル・ロースト/フィルハーモニック・ウインズ大阪盤 (NAXOS, 2014) をこれに加えれば一応この作曲家を聴いたと言えるのではないでしょうか。さらに進むならデ・ハスケから出ているコンピレーションが効率的。ここまでの補完になるVol. 2 (De Haske Records, 1990) や目立たない秀作が並ぶVol. 6 (De Haske Records, 2009) などが良いです。

ヴァンデルロースト:交響詩「スパルタクス」

ヴァンデルロースト:交響詩「スパルタクス」

 

 

*1:同じベルギーでは、すこし上にヤン・ハーデルマン Jan Hadermann (1952-) 、すこし下では『7インチ・フレーム』7 Inch Framed (1986) や『エル・ゴルペ・ファタル』El Golpe Fatal (1989) で日本にも紹介されたディルク・ブロッセ Dirk Brossé (1960-) 、『マルテニッツァ』Martenizza (1993) や『シリム』Shirim (1998) などで紹介されたピート・スウェルツ Piet Swerts (1960-) といった面々が知られており、現在の創作隆盛につながる流れを盛り上げていました。

*2:ベルギーとオランダでは吹奏楽ブラスバンドと並んで HaFaBra (Harmonie, Brass, Fanfare) と総称されるほど定着した扱いですが、他地域とは認知度にかなりの差があり、ハリー・ヤンセン Harrie Janssen (1960-) やマルク・ファン・デルフト Marc van Delft (1958-) 、ヤン・ボスフェルト Jan Bosveld (1963-) などファンファーレ分野に(も)力を入れる作曲家の認知にも影響しているだろうと思います。

*3:版元となったベルギーの J. Maurer Edition Musicale は、金管楽器を中心に小編成作品を出版していました。

*4:2曲とも原型は室内オーケストラ編成。『プロヴァンス民謡集』が吹奏楽のための『プロヴァンス組曲』(1989) に書き換えられたのも同様です。

*5:ローマつながり。ただし実際のサウンドは、『ベン・ハー』や『スパルタクス』といった史劇映画の音楽への接近や、奴隷たちの出自を反映した東洋風の音階が前面に出ています。

*6:ベルギーの先行世代の作曲家たちがおしなべてフランス音楽との距離が近いのに対して、彼に東方向、ドイツ音楽への指向が感じられるのは、まさかフラマン語圏の出身だからというわけではないでしょうが。

*7:そもそもデビュー作や、その吹奏楽版である『プロヴァンス組曲Suite Provençale (1989) からして、これらの要素を貪欲に混交させた作品でした。

*8:前述の『ディヴェルティメント』や "Per Archi" (1993) 、『シンフォニアSinfonia per Orchestra (2013) などバンドを離れた作品は聴感が違ってきますが、語法自体はそこまで大きく変わっているわけではなく、編成の違いによる響きの変化がかなり大きく作用しているように感じます。

*9:これらもまた、後の世代の作曲家たちに受け継がれているものだと思います。

*10:ケベックKebek (2006) 『コンコルディアConcordia (2006) のようなあまり注目されない作品も楽しめます。

*11:ただしアンコールの『アルセナール』はかなり意欲が前に出た演奏なので、丸谷明夫/なにわ《オーケストラル》ウィンズ (ブレーン、2007) の演奏も推薦しておきます。

37-38. スパーク:祝典のための音楽 / 宇宙の音楽

フィリップ・スパーク Philip Sparke (1951-) は、70年代後半から80年代*1ブラスバンド界のスターとして登場し、そのまま現在に至るまで第一線の作曲家として支持されています。個々の作品のどれを推すかについては詳しい人がたくさんいるので、雑な区分けになるのを承知で、引いた視点から急ぎ足に見てみます。

スパークの作品は当初、ブラスバンドの分野が中心で、80年代後半から吹奏楽(コンサートバンド)に手を広げ、00年代からはファンファーレオルケストにも力を入れています。なので初期の吹奏楽作品はブラスバンドバージョンが先行し、そこから編曲されたものがほとんどになります*2。『アオテアロアThe Land of the Long White Cloud - Aotearoa (1979/1987) 、『ジュビリー序曲』Jubilee Overture (1983/1984) 、オリエント急行Orient Express (1986/1992) *3『ドラゴンの年』The Year of the Dragon (1984/1985/rev. 2017) 、TKWOの委嘱で初めから吹奏楽のために書かれた、この時期の集大成的な『セレブレーション』Celebration (1991)  と、スパークの一般的なイメージを作りあげた名作ぞろいですが、コープランドを参照したクリスプな響きや短旋法の活用で勇壮さを演出する『ドラゴンの年』を別とすると、どれもポップでポジティヴな感性が横溢しています*4。このなかで『祝典のための音楽』Music for a Festival (1985/1987) は、『ドラゴンの年』やシンフォニエッタ第1番 (1990) 第2番 (1992) と並ぶ最大規模の作品で、この時期の屈託のない作風*5の代表格として頻繁に取り上げられています。

登場するなりバンド界を席巻したスパークの作風は、伝統的・ロマンティックな感性を軸に、人なつこい響きをかなり大々的に入れ込んでいます。イギリスにも「ライト・ミュージック」の伝統がありますが、放送音楽やポピュラー音楽に関わっていてブラスバンドに作品を提供していた作曲家、ギルバート・ヴィンターであったり、ゴードン・ラングフォード、ゴフ・リチャーズといった先輩格に並べることができそうです*6ブラームスマーラーとともに大きな影響を受けた作曲家として挙がるのはコープランドジョン・ウィリアムズストラヴィンスキーラヴェル*7といった名前で、特にアメリカの作曲家からの影響は、イギリス音楽の流れにおいて異分子として働き、彼の作品を際立てる役割を果たしたのではないでしょうか。

90年代後半から2000年前後にかけては、吹奏楽作品のブラスバンド作品からの分離が進んでいく*8とともにやや毛色の違う作品が増え、打楽器・木管セクションを分解して組み合わせる立体的な響きやアメリカ流の鋭角的な構造が曲の印象を決定づける『ダンス・ムーヴメンツ』Dance Movements (1995) 、ドラマティックな『暗闇から光へ』Out of the Darkness, Into the Light (2003) 、ブラスバンド作品では、異質な要素の衝突を試みた*9『月とメキシコのあいだに』Between the Moon and Mexico (1998) 、抑制的な抒情が印象的な『タリス・ヴァリエーションズ』Tallis Variations (1999) といった作品が生まれていきます。民俗的な題材をストレートに取り入れた『シャロム!』Shalom! (2001/2001) や『ハイランド賛歌』Hymn of the Highlands (2002/2003) 、静かで息の長い構築に貫かれた『エンジェルズ・ゲートの日の出』Sunrise at Angel's Gate (2001) などの作品は、新しい一面と言えるでしょう*10。2000年には個人出版社アングロ・ミュージックを設立、吹奏楽作品の増加につれイギリス以外でも認知が広がったからか、委嘱/作曲ペースも如実に上がり、年に十数曲以上がコンスタントに生み出されるようになっていきます。

その流れで書かれた『宇宙の音楽』(天球の音楽)Music of the Spheres (2004/2005) は多様な素材を一つながりのスペクタクルにまとめあげ、新たな代表作として認められる作品になりました。先に発表されたのはブラスバンドバージョンですが、吹奏楽化を念頭に置いてブラスバンド書法にも反映させていったとスパークが語る*11この作品は、二つの分野での経験がともに活かされたものと言えるでしょう。90年代はブラスバンド作品が若干減り、奏者に最高度の要求をする作品は『タリス・ヴァリエーションズ』から少し間が空いたのももしかすると力作となった理由かもしれません。

この後、大量の委嘱に応えながらスパークの作風は自在さを加えていきます。活動初期から武器にしてきた快活な作風をさらに洗練させたような*12交響曲第3番『カラー・シンフォニー』A Colour Symphony (2016)、『ダンス・ムーヴメンツ』で片鱗を見せていたジャズ路線が深化した『ウィークエンド・イン・ニューヨーク』A Weekend in New York (2008)『3つのワシントンの彫像』Three Washington Statues (2015) に加えて、『ファイヴ・ステーツ・オブ・チェンジ』Five States of Change (2011/2012/2012)、『神話と怪獣』Of Myths and Monsters - An outrage for concert band (2013) 、『知られざる旅』のように不安定な響きを生かした作品も増え、ふだんより抽象的な表現を目指した『砂漠』Deserts (2008) のような異色作も生まれています。もちろん、『陽はまた昇る』The Sun Will Rise Again (2011) や『冬物語A Winter's Tale (2010) のような温かみのある響きも忘れられてはいません。

ここまで規模の大きい作品やよく知られている作品を中心に話してきましたが、あまり目立たない作品*13にも手のかかった秀作は多くあります。全体に作品の演奏機会は多く、CDも充実しているので、録音入手にも苦労しないでしょう。『祝典のための音楽』をはじめとした初期作品の集成としてスパーク/TKWO盤 (佼成出版社, 1992) 、『宇宙の音楽』や近作を含むアルバムとしてスパーク/オオサカ・シオンWO盤 (Fontec. 2016) を推薦しておきます*14

オリエント急行

オリエント急行

 

*1:スペクトラムSpectrum (1969) や Salute to Youth (1960) のギルバート・ヴィンター Gilbert Vinter (1909-1969) や、『プランタジネット朝The Plantagenets (1972)『コノテーションズ』Connotations (1976) のエドワード・グレグソンたちによってより多層的、色彩的なブラスバンド書法が導入され、表現のバリエーションが広がったのをリアルタイムで体験した世代にあたります。

*2:大学在学中に書かれた曲として、初出版作品、ブラスバンドのための『コンサート・プレリュード』Concert Prelude (1976) の直後に、吹奏楽のための『ガウディウム』Gaudium (1977) が出版されていますが、一般的にレパートリーとして演奏される吹奏楽作品は1979年に編曲した『コンサート・プレリュード』が最初、その次が1984年編曲の『ジュビリー序曲』になります。

*3:欧州放送連合のコンテストのためイギリス代表として三年連続委嘱を受けた(そしてすべて優勝した)うちの一曲で、当時の注目ぶりがうかがえます。ほかの2曲のマーチ、『スカイライダー』Skyrider (1985) と『スリップストリームSlipstream (1987) も佳品。

*4:吹奏楽バージョンのないブラスバンド作品に範囲を広げると、『ロンドン序曲』A London Overture (1984) 『パルティータ』Partita (1989) など吹奏楽作品と共通の明朗さに貫かれている作品も存在していますが、『ハーモニー・ミュージック』Harmony Music (1987)『エニグマ変奏曲』Variations on an Enigma (1986)『ケンブリッジ・ヴァリエーションズ』Cambridge Variations (1990)と並ぶ代表作群には複雑な響きや鋭いリズムも見られ、吹奏楽編曲する作品の選択に意図を見出したくなります。

*5:ユーフォニアムの主要レパートリーになっている『パントマイム』Pantomime (1986/1994) 『アイナのための歌』Song for Ina (1993) などのソロ作品も見逃せません。

*6:マルコム・アーノルド Malcolm Arnold (1921-2006) などもこの近縁にいるでしょう。他人による編曲含め管楽器とは縁が深い作曲家ですが、コンサートバンドのために書いた作品は10分ほどの Flourish for a Battle (1989) のほかは『H.R.H. ケンブリッジ公HRH The Duke of Cambridge (1957) と Overseas (1960) の行進曲2曲しかないのは興味深いです。『プレリュード、シシリアーノとロンド』Prelude, Siciliano, and Rondo (arr. 1979) はブラスバンドのための小組曲第1番 (1963) をジョン・ペインター John Paynter が編曲したもの、『水上の音楽』Water Music (1964) は管楽オーケストラのための作品です。

*7:『ハーモニー・ミュージック』や、"Raveling, Unraveling" (2016) /『知られざる旅』The Unknown Journey (2015) では直接的にオマージュを捧げています。

*8:『ドラゴンの年』コンサートバンド版の2017年の改訂につながっていく、コンサートバンドの扱いや捉え方の深化・変化もこのあたりに転機がありそうです。この改訂版を聴くと、ブラスバンドとコンサートバンドでは、単に木管が増えたというだけでなく、打楽器の動員の自由度にも違いがあるのがよくわかります。

*9:ただし「月」と「メキシコ」は個別の楽想に対応するわけではなく、この題名に深い意味はないと語っています。

*10:『フィエスタ!』Fiesta! (1996/2005)『ハノーヴァーの祭典』Hanover Festival (1999) 『ディヴァージョンズ』Diversions - Variations on a Swiss Folk Song (1997/1998) 『インヴィクタス』 Invictus - The Unconquered (2001)『メリーゴーランド』Merry-Go-Round (2002) のように、以前の延長上にある親しみやすい作品ももちろん書かれていて、代表作級の扱いを受けています。

*11:実際、大曲にもかかわらず吹奏楽版は委嘱を受けずに作成されており、作曲賞へのエントリーも行われています。

*12:ブラスバンド作品ではたとえば『ペリヘリオン』Perihelion: Closer to the Sun (2013) 、ファンファーレ作品では『ヴァリエーションズ-パリ, 1846』Variations - Paris, 1846 (2017)がここに入るかもしれません。

*13:たとえば『ヴィルテン・フェスティヴァル序曲』Wilten Festival Overture (1999)、『平和を求めて』...the quest for peace... (2006)、『ノッティンガム・フェスティヴァル』A Nottingham Festival (2012) など。

*14:『宇宙の音楽』単体ならボストック/TKWO盤 (Fontec, 2015) がいいとか、『ドラゴンの年』2017年版の周りを近作で固めたスパーク/シエナWO盤 (2018) が興味深いとかはあるのですが、のちのちの選択肢ということで。