36. シュワントナー:…そしてどこにも山の姿はない

ジョセフ・シュワントナー Joseph Schwantner (1943-) が最初に触れた楽器がギターであり、その後もピアノやハープ、打楽器といった音が減衰する楽器ばかりを偏愛するようになるのはとても示唆的なことに思えます。その資質と、管楽器音楽との親和性は決して高くないはずなのですが、それだけに彼の作品の個性はこのジャンルの展開において強い存在感を放っています*1

キャリアの最初期には典型的なセリー作法による作品を書いていたシュワントナーは、しだいに縦の響きを重視したより直感的な構成に移行していきます。打楽器への偏愛が表に出るのもこのころですが、のちの変化につながる啓示は70年代を通じて徐々に与えられていた、とシュワントナーは回想しており、段階を踏んで協和的な響きや明確な中心音も現れてきます。イーストマンWEの委嘱で書かれた『…そしてどこにも山の姿はない』...and the Mountains Rising Nowhere (1977) は、翌年にピューリッツァー賞を受賞する管弦楽曲 Aftertones of Infinity (1978) *2とともにこの流儀が一つの転換点に達した時期*3の作品であり、小規模なアンサンブルのための作品を集中的に書いていたシュワントナーにとってほぼ初の大編成作品でもあります。

中学校のバンドでチューバを吹いていた時期は、シュワントナーにとって決して充実した体験ではなかったらしく、ウィンドアンサンブル作品の委嘱に応えるときにも「典型的な」吹奏楽サウンドを廃することを意識した、と語っています。サクソフォンユーフォニアムを外してクラリネットも減らし、一パート一人を想定し*4、大量の打楽器やハミング、口笛、グラスハープを音色のパレットに加えた楽器編成からまずその意図は表れています。

この作品を特徴づけるのは、ほぼ全体に渡って(アンプリファイアードされた)ピアノを含む打楽器が音楽を先導し、管楽器がそこに従属する書法です。そもそも曲の構成法が横の線や伝統的な対位法をあまり意識せず、冒頭で示されるいくつかの和音から導き出されるように書かれているのですが、管楽器からはなおさら横の動きが奪われ、長音や不確定性による音塊で空間を埋めるか、シュワントナーが "shared monody" と呼ぶ一種のベルトーンによって、和音を崩してアクセントづけていくことに役割が絞られています。例外となるのは後半に出てくるホルンを軸にしたコラール風の楽想で、作品のなかでも印象深い瞬間になっています。

打楽器ではまずクロテイルやウォーターゴング、複数のピッチのサスペンデッドシンバルやトライアングルを含む金属打楽器への偏愛*5が目につくところで、管楽器だけでは難しい高音域をカバーしながら美しい残響を聴かせます。さらにトムトムティンバレスの活躍もこれまでの時期の吹奏楽作品にはなかなか見られない鮮烈さであり*6木管セクションでバスクラリネットバリトンサクソフォンが果たしているような、「機動力のある中低音楽器」の新たな導入の一例とみなせるでしょう。高音から低音までを一括してカバーするセクションとして打楽器群が独立したことも、打楽器による楽曲の主導を可能にする一因です。打楽器の役割の増大と管楽器の役割の変化/多様化はシュワントナーに始まったことではなく*7、シュワントナーにとどめをさすものでもありません*8が、ここでのラディカルな試みを転折点とすることに疑いはないでしょう。

ピューリッツァー賞を受賞するころ、80年代に入る前後からシュワントナーの作風の変化は明確になり、『暗黒の一千年代より』From a Dark Millennium (1980) *9などではミニマルミュージックに倣った反復が導入され、さらにナレーション付きの管弦楽曲『世界の新たな朝――自由への夜明け』New Morning for the World: Daybreak of Freedom (1982) やソプラノとアンサンブルのための『すずめ』Sparrows (1979) などでは反復書法に加え、旋律として認識しやすい調性的な要素が大々的に導入されます*10。清新で鋭角的なサウンドは変わらないまま作品は大幅に親しみやすくなり、管打楽器のための「三部作」を完結させる『夕暮れの静寂の中で』In Evening's Stillness... (1996) では反復と調性、両方の要素が前面に出て、とても素直な抒情が展開されます。

それより後に書かれた作品群、『リコイル』Recoil (2004) と『ルミノシティ』Luminosity: Concerto for Wind Orchestra (2015) 、『目覚めの時』The Awakening Hour (2017) は、どれもサクソフォンユーフォニアムを加えたバンド編成*11で、『リコイル』について本人が「音楽的な要素を厳しく制限した」と言っているようにリズミックな素材の反復を中心に構成された音楽です。とはいえ打楽器をサウンドの軸にし、横の流れよりも縦の響きを重視するスタンスに変化はなく、音楽の性格が変わったとしてもシュワントナーが表現したい響き/音楽には確固としたものがあります。

 

ディスクは、コーポロン/ノーステキサスWSの二枚組 (GIA Windworks, 2006) を。知名度に比してどの曲も録音がそこまで多くなく、1枚目は「三部作」を通して聴けるおそらく唯一のディスクでこれだけでも価値がありますが、演奏や録音もトップレベルで文句ありません。

Composer's Collection

Composer's Collection

 

*1:後述するように、シュワントナーの「三部作」は管楽オーケストラ+打楽器のための作品で、バンド作品を取り上げるここの方針からは外れるのですが、歴史的な位置付けを超えてレパートリーとして定着していること、打楽器の重視/ミニマルな反復の導入と調性との組み合わせ、というその歩みが編成の差異を超えてバンド音楽と密につながっていることを考えると名前を挙げておくべきだろうと考えました。

*2:残響 aftertone はやはりシュワントナーのテーマなのでしょうか。

*3:ソプラノ、フルート、ハープのための Wild Angels of the Open Hills (1977) を、もっとも自分の特徴が刻印された作品だとシュワントナーは語っています。

*4:同じくEWE委嘱のヴァーン・レイノルズ Verne Reynolds『情景』Scenes (1971) などと同様、クリアなサウンドを得るための基本的な手段ですが、バンドだけでなく管弦楽団での演奏も見込んだ、という実際的な理由もあるでしょう。

*5:ときにneo-impressionismと形容されるように他分野の文脈からではドビュッシーラヴェルに始まり、メシアンブーレーズあたりの存在感が強いのでしょうし、ジョージ・クラム (1929-) はその残響への嗜好も含めシュワントナーからかなり近い位置にいます。

*6:後で触れる作曲家たちのほかに、パーシケッティの "Snare Drums" も源流と見なせるでしょうか。

*7:ここでもグレインジャーネリベルベンソンフサを紹介してきました。以前からの新古典の流れを汲む作風で70年代頭ごろに知られはじめたフィッシャー・タル Fisher Tull (1934-1994) の『チューダー朝の聖歌によるスケッチ』Sketches on a Tudor Psalm (1971) やエリオット・デル・ボルゴ Elliot Del Borgo (1938-2013) の『穏やかな夜に身を任せるな』Do Not Go Gentle Into That Good Night (1978) といった作品でも、低音方面を中心に打楽器セクションの拡張は起こっています。同世代ながらどちらかといえば伝統的な音色感のジョン・ズデクリク John Zdechlik (1937-2020) 『詩篇46番』Psalm 46 (1969) や『コラールとシェイカー・ダンス』Chorale and Shaker Dance (1972) と比べるとわかりやすいです。

*8:ここで述べたような音色感を引き継いだものとしてはギリングハムマー、打楽器・オーケストラ畑からの参入のウィリアム・クラフト (1926-)『ダイアローグとエンターテインメント』Dialogues and Entertainments (1980) 、ダン・ウェルチャー Dan Welcher (1948-) の『ザイオンZion (1994) 、交響曲第3番『シェイカー・ライフ』Shaker Life (1997) のような例を通過して、ウィテカーやマッキーら1970年代前後生まれの世代に流れは引き継がれていきます。シュワントナーとは同い年のアンソニー・アイアナコーン Anthony Iannaccone (1943-) も、具体的な影響関係ははっきりしませんが近い道を歩んでいます。『アンティフォニー』Antiphonies (1972) でも打楽器は活躍するとはいえベンソン風の線的な書法だったのが、『漂流』Sea Drift (1993) "Apparitions" (1986) といった代表作における楽器の扱いはシュワントナー以後の音世界を感じさせ、小規模で近づきやすい作品を見ても、例えばやや伝統的な書法を取った "Plymouth Trilogy" (1981) と比べると "After a Gentle Rain" (1979) などには打楽器の更新された色彩感が生かされているといえます。プランク/クラリオンWSの作品集 (Albany, 1998) が薦められます。

*9:アンサンブル曲『琥珀の音楽』Music of Amber (1980) の第2曲の改作ですが、楽器が大幅に増えても音楽の構造はほぼ書き足されておらず、音色の変化に注力しているのが興味深いです。

*10:『すずめ』は小林一茶の俳句15首を題材にしていて、曲を締めくくる句は「初空をはやしこそすれ雀迄」ではないかと思うのですが、おそらく翻訳で付けくわえられた "consonance of harmonies" という語が含まれています。

*11:『ルミノシティ』の "for Wind Orchestra" 表記は、委嘱元の一つであるローンスターWOが由来なのだとは思いますが、バンド編成をアメリカでこう呼ぶ貴重な例と言えそうです。