49. ブルジョワ:シンフォニー・オブ・ウィンズ

若いころから作曲を学び18歳で交響曲第1番 (1960) を発表する一方で、オーケストラでチューバを吹いていた経験もあるというデレク・ブルジョワ(ブージェワ)Derek Bourgeois (1941-2017) は、やはりイギリスの作曲家らしくブラスバンドからバンドの分野に接近します。十代から断続的に金管楽器のための作品を提供し、2台ピアノのためのソナタ op. 37 (1971) を改作したブラスバンドのための協奏曲第1番 op. 44 (1974) *1が英国式ブラスバンドのための本格的デビュー作になります。この作品や、協奏曲第2番 op. 49 (1976) 、コンチェルト・グロッソ op. 61a (1979/80) *2、『ブリッツ』Blitz op. 65 (1980)(のちにコンサートバンド作品『ウインド・ブリッツ』op. 65a (2003) に改作)と続く一連の作品は、半音階的な語法や不安定で極端な表現、高度な技術的要求を備えていて、同時期に例が増えはじめた*3、おおむね伝統を尊重する傾向の強いブラスバンド作品に「先進的」な要素を持ち込もうとする動きの一環としてとらえられるでしょう。

しかしながら、表現に刺々しく刺激的なところがあるとはいえ、調性的な芯を明瞭に残した旋律線や、簡明で規則的なリズムが頻出する音楽*4は、伝統とのつながりも強いものでした。実際、このころの前衛的な表現への関心はみずから意識してのものだったとブルジョワは語っており、80年以降ブリストルブラスバンド、サン・ライフ・バンド Sun Life Band の指揮者を経験してからは、より明快な語法を採ることを考えるようになったといいます。どこかの地点で語法が完全に塗り替わったというわけではなく*5変化の明確な境目はありませんが、ともあれブルジョア最初の大規模な吹奏楽(コンサートバンド)作品*6である『シンフォニー・オブ・ウィンズ』(風の交響曲Symphony of Winds, op. 67 (1980) はこうした過渡期と前後して書かれ、イギリスにおけるふたたびの吹奏楽レパートリー生産の先頭集団に加わります*7。全体としては親しみやすい風貌をしながらも、「嵐」にことよせた半音階的表現、世紀転換期フランスを思わせる柔らかい色調、エルガー/ウォルトン風マーチのパロディ、という楽章間の性格の違いにはこうした背景を読みこむことができるかもしれません。音数は多いながらも入り組みすぎないテクスチュア、打楽器の役割は補助的で管楽器の混合色を多用するサウンドは、他編成の原曲の有無を問わないブルジョワ吹奏楽作品の特色です。

続く時期の作品表からは、よく知られた作品をいくつも挙げていくことができます。スパークたちに通じる明朗さを基調にした『ディヴァージョンズ』Diversions, op. 97a (1985/87)、イギリス音楽の先達たちにもつながる節度を保った描写の連続が、雄大なパノラマを描き出す交響曲第6番『コッツウォルド・シンフォニー』Cotswold Symphony, op. 109b (1988/2000) 、古典的な作りと華々しいヴィルトゥオジティによってソロレパートリーとしてすっかり定着したトロンボーン協奏曲 op. 114b (1988) *8ブラスバンド作品では、ハードな技術的要求とロマンティックな盛り上げがスリルを煽る The Devil and the Deep Blue Sea, op. 131 (1993) 、師ハーバート・ハウエルズの抑制的な音楽にオマージュを捧げた Forest of Dean, op. 126 (1984/91) というあたりでしょうか。親しみやすい表情を前面に出すスタイルが定着した時期と言うことができ、伝統的な調性に両大戦間のソ連やフランスの作曲家たちを思わせる手法で場合に応じてねじれを加え、アレグロ部においては新古典的というよりむしろ擬古典的な、緩徐部ではストレートにロマン派的なたたずまいを見せることも珍しくありません。

90年代後半からブルジョワはベルギーの新興出版社、Hafabra Music から継続的に作品を出版し、同社の看板作曲家の一人になります。2002年に教職を退いて*9引退生活に入ってからは以前からの多作傾向に拍車がかかり、大規模な交響曲や協奏曲をハイペースで書きつづけ、小・中規模の作品もコンスタントに年数作を発表するペースに入ります。交響曲管弦楽が主でしたが*10吹奏楽のためにも複数書かれ、番号つきの(つまり管弦楽版をもとにした)ものから1時間を超える異例の規模の曲が生まれたのもこの時期です。おしなべて伝統指向が強く、また大作への関心も強い大陸ヨーロッパの吹奏楽界に、ブルジョワの音楽はうまくはまったと言えるでしょう*11

 

Hafabra Music の尽力によって、ブルジョワのとくに後期の吹奏楽作品については規模の大小を問わず網羅的に録音が出回っています。『シンフォニー・オブ・ウィンズ』についてはヤンセン/オランダ海兵隊バンドの個展CD (Hafabra Music, 2005) がレファレンスになります。ほかの大作についてはノジー/ベルギー・ギィデ(近衛)交響吹奏楽団による ″Masterpiece″ シリーズに収められることが多く、こちらからは交響曲第4番『ワイン・シンフォニー』(1978/2007?) (Hafabra Music, 2008) や演奏機会の多い交響曲第6番 (Hafabra Music, 2002) あたりから聴いていくのが良いのではないでしょうか。

 

A Cotswold Symphony

 

*1:さらにコンサートバンド作品の Fantasy Triptych, op. 145 (1992) にも改作されています。

*2:金管十重奏作品 (op. 61) が原曲。『ブリッツ』と並ぶ有名作ですが、頻繁に取り上げられるようになったのは21世紀に入ってからのことです。

*3:グライムソープ・バンドの委嘱によるバートウィスル『グライムソープ・アリア』Grimethorpe Aria (1973) やヘンツェ (orch. Brauel)『ラグタイムとハバネラ』Ragtime and Habanera (1975) 、ベセス・オ・ス・バーン・バンド Besses o' th' Barn Band のためにジョン・マケイブ John McCabe が書いた Images (1978) 、ナショナル・ユース・ブラスバンドのためのポール・パターソン Paul Patterson の Cataclysm (1975) など。

*4:『コンチェルト・グロッソ』などでのポピュラー音楽の参照は挑発的に響きますが、音楽を親しみやすくするものともとらえられるでしょう。

*5:レッド・ドラゴン序曲』Red Dragon Overture, op. 83 (1982/1997) やブラスバンドのための『ルシファーの没落』Downfall of Lucifer, op. 103 (1986) あたりを見るとわかるでしょうか。より後の時期の作品でも『アポカリプス』Apocalypse, op. 187a (2002/2006) や『ウィリアムのための交響曲Symphony for William, op. 212 (2004) 、トロンボーン協奏曲の Nightmare, op. 253 (2007) などでは刺激的な響きを聴くことができます。

*6:これ以前にも小品はいくつか書いており、とくに自身の結婚式のためのオルガン曲を編曲した『セレナード』op. 22c (1965/1980) はさまざまな編成で演奏される人気曲です。

*7:コンサートバンド作品の創作は数十年ほど低調だったイギリスにおいて、1981年のBASBWE設立前後から流れがふたたび生まれます。『シンフォニー・オブ・ウィンズ』は同年、マンチェスターで開かれたWASBEの設立カンファレンスでグレグソン『メタモルフォーゼス』などとともにイギリスから「出品」された作品ということになりますが、ここでブルジョワが作品を委嘱されたのは、アマチュアオケのために書かれた『グリーン・ドラゴン序曲』op. 32 (1969) の初演をRNCMのティモシー・レイニッシュが指揮した縁からとのことです。

*8:初演時のブラスバンド伴奏版に加え、管弦楽版と吹奏楽版が同時期に成立しています。吹奏楽版の演奏は、初演者クリスティアン・リンドベルイと今村能/TKWOの録音 (BIS, 1997) がいいでしょう。バストロンボーン協奏曲 op. 239 (2006) や、op. 114と同時期のトロンボーン四重奏曲 op. 117 (1989) 、トロンボーン八重奏のための Scherzo Funèbre, op. 86 (1983) といったところもレパートリーとしてよく取りあげられます。

*9:最後に教鞭を執っていたのは、かつてホルストやハウエルズも教えていたロンドンのセント・ポール女学院です。

*10:管弦楽のための交響曲は最終的に116曲を数えますが、引退前に書かれたのは7番までで、その後の100曲あまりが約15年のうちに書かれています。

*11:もちろん低グレード作品についても、ブルジョワの簡明な書法と差し挟まれるウィットはなじみやすかったでしょう。Japanese Ninja, op. 310 (2011) はじめあちこちの国の典型的なイメージを短くまとめた連作の "World Tour" (2011-12) のほか、Royal Tournament, op. 115 (1989) Bridges over the River Cam, op. 116 (1989) など、Hafabra Music から出た自作自演の個展CD "Crazy" (1998) の収録作がよく取り上げられます。