48. ウィテカー:ゴースト・トレイン

90年代半ばから2000年代は、1970年前後生まれの世代の作曲家たちがしだいに頭角を現していった時代にあたりますが、最初の器楽作品である『ゴースト・トレイン』Ghost Train Triptych (1993-95) で注目を集めたエリック・ウィテカー Eric Whitacre (1970-) はその最先鋒と言えるでしょうか。

高校まではポピュラー音楽にしか興味がなかったといい*1大学で合唱に出会って Three Flower Songs (1991-92) からクラシカルな作曲を始めるようになっていたウィテカーは、『ゴースト・トレイン』についても、学内でたまたま耳にしたバンドのサウンドに強い印象を受けて作曲を決意し、楽器奏者の友人たちに相談しながら手探りで書いていったと語っています。ジャズやロックとつながる明瞭なビートを基盤に置いたうえで、リズミカルでときにミニマル的な*2リフ、コラール的なフレーズ、多彩な打楽器やグリッサンドなどによる耳を引く効果を配置して音風景の切り変わりを聴かせるこの作品の「新しさ」も、こうしたバックグラウンドを考えれば自然なものに思えます。

とはいえ、初期から一貫してウィテカーの創作の中心は合唱作品――多くは無伴奏の——です*3。そちらでは、明瞭に調性的ながら付加音を多用し、しばしば全音階的クラスターに発展するトレードマーク的な書法を早い段階で確立する一方で、吹奏楽作品では一作ごとに新しい傾向が表れました。『ラスベガスを喰い尽くすゴジラGodzilla Eats Las Vegas (1996) は題名通りのストーリーをさまざまなポピュラー音楽のジャンルを接ぎ合わせて直接的に描写する作品、Noisy Wheels of Joy (1999) は映画音楽のコースのために書かれた「プロコフィエフジョン・ウィリアムズと『キャンディード』序曲が出会う」素材の吹奏楽化、Equus (2000) はミニマル音楽への意識的な接近、そして『オクトーバー』October (2000) は合唱作品に通じる抒情的で音数を絞った作風で、実際のちに無伴奏合唱曲『アレルヤAlleluia (2011) として改作されます。

ウィテカーが最初から吹奏楽編成で世に出した作品は現時点で『オクトーバー』が最後です。しかし『クラウドバースト』Cloudburst (1991/2001)『スリープ』Sleep (2000/2002) Lux Aurumque (2000/2005) The Seal Lullaby (2008/2011)『星条旗Star Spangled Banner (arr. 2013/2018) といった合唱作品からの改作は断続的に発表されており、吹奏楽のレパートリーへの貢献は続いています*4。チェスノコフ Pavel Chesnokov(Houseknecht編)『爾は救を地の中になせり』Salvation is Created (1912/arr. 1957) など合唱作品からの編曲は以前から吹奏楽のレパートリー供給源になっていましたが、ウィテカーの作品は、レイノルズ編のローリゼン(ローリドセン)Morten Lauridsen『おお、大いなる神秘』O Magnum Mysterium (1994/arr. 2003) やティケリ『レスト』Rest (2000/2010) 、ジェニファー・ヒグドン*5 『ミステリウム』Mysterium (2002/2011) のような、同時代の合唱作品との相互乗り換えの先鞭を付けたと言えそうです。

若くして注目を集めていたウィテカーは2000年、同じくジュリアード音楽院でジョン・コリリアーノ John Corigliano (1938-) *6に学んでいたスティーヴン・ブライアント (1972-) 、ジョナサン・ニューマン Jonathan Newman (1972-) 、ブライアントの友人でコリリアーノに私淑していたジム・ボニー James (Jim) Bonney (1971-) *7とともに作曲家集団 BCM International を立ち上げ、イベントへのブース出展や2枚のアルバム発表*8など共同で作品のプロモーションを展開して活動を広げていきました。彼らに加え、同世代のスコット・マカリスター Scott McAlister (1969-) *9ややはりコリリアーノに学んだジョン・マッキーといった作曲家は、打楽器を動員したビート感の頻繁な強調、そしてポピュラー音楽の直接的な参照やポスト・ミニマル的な構造をそこに乗せる手法を共通して身につけています*10新古典主義の隆盛期である1920-30年代にはジャズの参照が先進的な手法として行われた一方で、そのころ頭角を現した世代よりも下ると、アカデミックで「シリアス」な作曲においてはポピュラー音楽の参照に消極的な傾向が長らくみられたのですが*11、ポストミニマル勢やマイケル・ドアティたちへの注目もあり、世紀が変わるころにはジャズに加えてロックやファンクなどの参照も珍しいことではなくなっていきます。他記事で散々触れてきましたが、ピアノを含む鍵盤楽器、金属打楽器の響きの重視ももはや一般的な前提になります。

 

『ゴースト・トレイン』の録音は、余裕ある表現で様々な仕掛けを明快に聴かせてくれる堤俊作/大阪市音楽団盤(大阪市教育振興公社、1999)を推薦します。『オクトーバー』はコーポロン/昭和WS (CAFUA, 2003) 、『スリープ』は William Berz/ラトガーズWE (Mark Custom, 2003) で。『ラスベガスを喰い尽くすゴジラ』の委嘱団体による演奏などを収めたBCM Internationalのアルバム (Mark Custom, 2002) も、当時の空気を知る意味でも聴いて損はありません。

*1:彼は高校時代の自作曲をネットに公開しています(https://soundcloud.com/ericwhitacre/trust-me-1986)。

*2:三部の全体構成や、シャープなビートスイッチの連続にはライヒ『ディファレント・トレインズ』あたりを、バッキングやクロスリズムの扱いにはアダムズ『ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン』『中国のニクソン』などを想起します。

*3:作曲だけでなく、2009年から開始した Virtual Choir Project は1万人以上が参加する巨大企画になっていますし、2012年には自作自演アルバム Light and Gold (Decca, 2010) でグラミー賞の最優秀合唱賞を受けています。

*4:合唱や電子音(聴衆が持つスマートフォン)、オルガンも加わる Deep Field (2016) は響きの静かな推移の試みで、管弦楽が原曲です。

*5:『ブルー・カテドラル』(1999) やヴァイオリン協奏曲 (2008) などの管弦楽作品やフルート作品で特に知られる作曲家ですが、『ファンファーレ・リトミコ』Fanfare Ritomico (2000/2002) 以降は吹奏楽分野にも積極的に関わり、打楽器協奏曲 (2005/2009) や Road Stories (2012) などもよく取り上げられます。

*6:ジャンニーニとクレストンに学んだ彼は20世紀後期の新ロマン主義―—現代的な響きを適宜取り入れながら、伝統的な旋律や和声、ドラマティックな構成に依拠する―—の代表的人物の一人で、交響曲第1番 (1988) 、クラリネット協奏曲 (1977) 、映画音楽からの再構成であるヴァイオリン協奏曲 (2003) などで知られます。吹奏楽作品は『ガゼボ舞曲』Gazebo Dances (1972/1974) があるほか、交響曲第3番『キルクス・マキシムス』Symphony No. 3 "Circus Maximus" (2004) はバンドをホール全体に配してパノラマ的な音風景を展開する大作。

*7:ニューマンは Chunk (2003) 交響曲第1番 Symphony No. 1 "My Hands Are a City" (2009)  Blow It Up, Start Again (2012) Single (2013) Novel Romance (2018) など、ボニーはエレキギター協奏曲の Chaos Theory (2000) や  Tranzendental Danse of Joi (2004) などで知られ、どちらもポピュラー音楽への参照を好む作風と言っていいでしょう。ただし映像音楽に軸足を置き演奏会用作品は限られているボニーはともかく、ニューマンのほうは吹奏楽/合唱兼用のコラールの Moon by Night (2001) 、20世紀前半の傑作群を意識した「想像上のバレエ」Pi’ilani and Ko’olau (2019) などそこから外れた重要作品もあります。

*8:『BCM...Saves The World』(Mark Custom, 2003)『BCM: Men of Industory』(Mark Custom, 2004)。

*9:『ポップコピー』Popcopy (2007) Krump (2007) Zing! (2008) Gone (2013) などで知られます。クラリネット奏者を志していたというキャリアから、X Concerto (1996) Black Dog (2002) などのクラリネットとの協奏的作品がいくつか書かれています。

*10:この世代には現在の吹奏楽界の中核となる作曲家がひしめいているのですが、もちろん全員にこうした傾向があるとは言いません。ジェイムズ・スティーヴンソン James Stephenson (1969-) やキンバリー・アーチャー Kimberly Archer (1973-) 、ケヴィン・プッツ Kevin Puts (1973-) たちはおおむねクラシカルな伝統を意識したテクスチュアをとり、ポピュラー音楽の音楽要素の取り入れは間接的なものですし、アメリカ以外に目を向ければさらに作風を括ることは難しくなるでしょう。

*11:ガーシュウィンバーンスタインといった、意識して融合的なスタイルを選んだ面々の存在感が大きいのが面倒なところですが。さらに吹奏楽の場合は伝統的にいわゆる「ライトクラシック」との距離の近さを無視できず、低グレード作品では特に顕著ですし、放送音楽でのキャリアを持つアルフレッド・リードの諸作のような例もあるのは付記しておきます。