17. H.O.リード:交響曲『メキシコの祭り』

ハーバート・オーウェン・リード Herbert Owen Reed (1910-2014) の作風はやや捉えにくいものがありますが、大づかみにするなら新古典主義の流れに連なる明快なテクスチュアに加えて、アメリカ大陸のフォークロアを取り込む志向が見出せます。例えば『悲運の友に』For the Unfortunate (1971) などかなり無調的でシリアスな異色作ですが、やはり同じ特徴を見ることができます。

リード初めての吹奏楽作品は、勤務していたミシガン州立大学のバンドのために書かれた、ジャズの要素を取り入れた『スピリチュアル』Spiritual (1948) でした。この作品が演奏された縁でアメリ海兵隊バンドとつながりを持ったリードは、同バンドの指揮者だったウィリアム・サンテルマンの推薦状を得て、メキシコ音楽の調査と、その成果を生かした吹奏楽作品の作曲を目的として奨学金の申請を行いました。その結果生まれた交響曲『メキシコの祭り』La Fiesta Mexicana, A Mexican Folk Song Symphony (1949) は、強烈な異国情緒と親しみやすさによって彼の作品のなかでも特別な人気を誇っています*1

この作品の特徴の一つは楽器同士の重ねが極力避けられていることで、単一楽器群によるアンサンブルや単線どうしのハモりが多用され、鮮やかな色彩感とともにシンフォニックな充実が達成されています。特にホルンを単独で活躍させる手腕は出色です*2。ほかに目につくのは、打楽器の響きや、管楽器のオスティナートによって背景を設定し、その周辺に短い動機の呼応を配置していく空間的な書法です*3。こうして主張の弱い「地」を形成する手法は、楽器群を塊として扱うことの多いこの時代の吹奏楽作品にはあまり見られません。

H.O.リードと似たような方向性は、たとえばカリフォルニアのフォークロアに材を採ったロジャー・ニクソン Roger Nixon (1921-2009) の作品群、特に『ディオニソスの祭り』的な20世紀初頭のバーバリズムに強烈なラテン情緒を載せたような『太平洋の祭』Fiesta del Pacifico (1960)『パシフィック・セレブレーション組曲Pacific Celebration Suite (1979) といった作品*4にも見出すことができます。後の世代では、ラテンアメリカの『新世界の踊り』Dance of the New World (1992) 、オーストラリアの『シャカタ』Shakata: Singing the World into Existence (1989) 、アフリカの『ピース・オブ・マインド』Piece of Mind (1987) *5とヨーロッパの外から広く題材を求めるダナ・ウィルソン Dana Wilson (1946-) *6の名前も挙がるでしょう。

ただ、薄い響きを恐れない点や、音の空間的な配置ということでは、交響曲の多作で有名なアラン・ホヴァネス Alan Hovhaness (1911-2000) が近いように思えます。東洋のフォークロアの参照を打ち出した点、徹底した単純志向は違いますが、打楽器の重用や楽器の明確なグルーピングで広がりのある響きを作り出すところには共通するものがあります。

 

『メキシコの祭り』の演奏は、ダン/ダラスWS (Reference Recordings, 1991) か、木村吉宏/大阪市音楽団盤 (東芝EMI, 1996) を。どちらも精巧さと快活さを兼ね備えた秀演です(大阪市音楽団盤のほうがやや柔らかくブレンドされた響きに感じます)。両者のカップリングの違いからは、この曲が祭りの情景を反映した作品であるとともに、無限の広がりを持つ「交響曲」というジャンルの一つであることを思いださせられます。

Fiesta!

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ウィンド・オーケストラのための交響曲 Vol.4

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  • アーティスト:木村吉宏
  • 発売日: 2009/04/22
  • メディア: CD
 

 

Symphonies Nos. 4 20 & 53

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  • 発売日: 2005/11/15
  • メディア: CD
 

*1:先行作のコープランド『エル・サロン・メヒコ』は都会の情景を下敷きにしていますが、こちらはどちらかといえば地方の情景に裏付けられています。どちらも他者が採譜した民謡を使っていたり、リードが実地に体験した音楽にはメキシコシティのものも含まれたりと、そうきれいに分けられるものでもありませんが。

*2:6年後に陸軍野戦部隊バンドのため作曲されたジェンキンス Joseph Willcox Jenkins (1928-2014) の『アメリカ序曲』American Overture (1956) でもホルンが響きの充填を離れて活躍します。こちらはバルトークの『管弦楽のための協奏曲』第5楽章冒頭が念頭にあったとのこと。

*3:直接的な参照先は『ペトルーシュカ』でしょうが、ワーグナーの「森のささやき」などを通過して『幻想交響曲』あたりまではさかのぼれそうです。

*4:並べて言及されることの多い『チャマリータ!』Chamarita! (1981)は、ポルトガル系コミュニティの祭りを題材にしたから、ということではないでしょうが、コープランド風にぐっと「アメリカン」な響きとラテン風の舞曲が対比されます。

*5:定番はコーポロン/シンシナティWS (Klavier, 1993) ですが、フランセン/ベルギー王国ペーア吹奏楽団 Koninklijke Harmonie van Peer (World Wind Music, 2001) の劇性と高揚感も捨てがたいです。

*6:ほかには奏者による発声が印象的な Sang! (1993) や リズミックなオープナーの Shortcut Home (2003) 、ホルン協奏曲 (1997/2002) など一連の吹奏楽伴奏の協奏曲あたりも取り上げられます。このあたりの時代になると、打楽器の大量動員によるビート感の強調も一般的な手法になっています。