50. グレグソン:剣と王冠

救世軍のもとで幼いころからブラスバンドに触れ、10代での初出版がブラスバンド作品だった*1エドワード・グレグソン(グレッグスン) Edward Gregson(1945-)についても、バンド分野への貢献はまずブラスバンドについて語るべきでしょう。Prelude for an Occasion (1968) Voices of Youth (1968) Essay (1970)など初期の試みを経て Connotations (1976) や Dances and Arias (1984) といった作品で注目を集め、The Trumpets of the Angels (2000) を一つの到達点として Of Distant Memories (2012) などで伝統回帰も意識するようになる*2その歩みはオーケストラ(とくに協奏曲)と並ぶグレグソンの創作の軸であるとともに、ブラスバンド史の欠くべからざる一側面でもあります。リズムや和声において新古典主義の語法を大きく取り入れる*3一方でロマンティックな劇性やポップなアピールとも繋がりを保ち、ブラスバンドの扱いについては伝統的な機能を知悉しながらも柔軟にとらえ、解体と再構成、場合によっては拡張するようなその書法はセンセーションを巻き起こし、スパークなどにも影響を与えました。

 

それでは吹奏楽(コンサートバンド)分野はどうかというと、オーケストレーションにおいて原色や室内楽的な音色を好むと本人が語るとおり、例えばスパークやブルジョワたちがバンドの伝統的な機能を活かしマスとして扱う傾向があるのに対して、アンサンブル指向のクリアな音色を採るのが特色として挙がるでしょう。もともとこの分野で最初に注目されたのは管楽オーケストラ作品の『メタモルフォーゼス』Metamorphoses (1979) *4で、その後も『セレブレーション』Celebration (1991) や『オマージュ』Homage (1995) *5といった管楽オーケストラのための作品を書いていますし*6、バンドのために書かれた『フェスティーヴォ』Festivo (1985) でも音色の混合を極力避けるべく、細かい音型を重層的に重ねていく手法が聴かれます。ブラスバンド作品が原曲の『パルティータ』(1971/1999) やチューバ協奏曲 (1976/1984) などの場合はテクスチュアはずっと統一されたものになりますが、それでもある程度は響きの多様さを保つ指向が見えます*7

『剣と王冠』The Sword and the Crown (1991) において200人規模の合同バンドというすこぶる「バンド」的な状況と向き合ったときにも、それを逆手に取る形でグレグソンの指向は発揮されました。2対のティンパニを含む大規模な打楽器セクション、奏者による歌のほか、別働隊のトランペット、アルトフルート、リコーダーや "Rauschpfeife" などを動員して拡張されたパレットを贅沢に使い、場面ごとのテクスチュアを大きく変化させて同時代の大陸ヨーロッパ作品にも通じるような壮大な音世界を展開していきます。シンフォニックな華々しさを持つトゥッティの場面においても、楽器ごとの音色の区別に注意を払いながら組み合わせることで、バランスの問題とサウンドの風通しの問題にある程度の答えを出しています。

同じくシェイクスピア劇のための付随音楽を再構成した姉妹作『王たちは出陣する』(王は受け継がれゆく)The Kings Go Forth (1996) についても、声楽の役割が増していたり*8ヴァイオリンを含む "folk-group" が導入されたりといった違いはありますが、根本的な発想は変わっていません。『剣と王冠』には含まれなかったサクソフォンが採用されていますが、それでもフルセクションを構成するような用法ではなく、ジャズを参照した場面でソロを取るほかは、音量が増大する場面において慎重に用いられています。

 

『剣と王冠』は人気曲でいくつか選択肢がありますが、丁寧な演奏でシンフォニックな充実感も備えているボストック/TKWOのスタジオ録音盤 (佼成出版社、1998) を推薦します。中古などで手に入るのであれば、ゴージャスなサウンドを聴かせる Gert Buitenhuis/オランダ王国海兵隊バンド盤 (Sony, 1995) や、初演ライヴ以降初の録音と思われる Barrie Hingley/イギリス空軍セントラル・バンド盤 (Polyphonic, 1993) *9も良いでしょう。『王たちは出陣する』については野中図洋和/陸上自衛隊中央音楽隊盤(フォンテック、2000)があり、その他の管楽作品については自作自演中心の個展CD (Doyen, 1995 / Mark Custom, 2017) が便利です。

 

*1:救世軍から出版された行進曲 Dalarö (1964) 。本格的なキャリアの出発点になったのも金管五重奏曲第1番 (1968) でした。

*2:フレッチャー『労働と愛』の100周年を記念した、ジャンルの記憶を呼び起こす試みですが、同時期の Symphony in Two Movements (2012) を聴くと、グレグソンは完全に親しみやすい語法に舵を切ったというわけでもありません。

*3:影響源としてはストラヴィンスキーバルトークヒンデミットの名前を挙げるとともに、ブラスバンド分野からは、救世軍において挑戦的な作品を書いていたとしてウィルフレッド・ヒートン Wilfred Heaton (1918-2000) やレイ・ステッドマン=アレン Ray Steadman-Allen (1922-2014) の名前を挙げています。

*4:不確定性や電気増幅を用いて音群的な手法を展開する、グレグソンの作品全体のなかでも異色作です。本人いわくそれまで「無意識下で語法を和らげ」つつバンド作品を集中的に書いていた期間を経て、教職に就いた時期だったという背景もあるのでしょう。

*5:ストラヴィンスキーを意識した「ピアノと管楽器のための協奏曲」ですが、バルトークとの繋がりも明瞭です。

*6:公式サイトの作品表ではすべて「オーケストラ」の部に分類されており、オーケストラの部分集合としての意識が強いのでしょう。ロイヤル・リヴァプールPOの150周年を祝う『セレブレーション』は、BBCプロムスのために書かれたニコラス・モー『アメリカン・ゲームス』American Games (1991) 、バートウィスル『パニック』Panic (1995) 、ロンドンSOのスペイン公演で初演されたマシューズ『カトレーン』Quatrain (1989) といった祝祭的な場のための作品に並べられるでしょうか。

*7:ここではむしろ、これらの改作がすくなくとも完全にはグレグソンの仕事ではないことこそが重要かもしれません。クレジットこそされていませんが、Prelude for an Occasion (1985) 『パルティータ』の編曲には指揮者・出版社経営者のジョフリー・ブランド─グレグソンが精力的にバンド作品を書くきっかけを作った人物でもあります─が、チューバ協奏曲の編曲作業には指揮者の Glynn Bragg が大きく関わっているとグレグソンは書いています。チューバ協奏曲の吹奏楽版の作成はヨーロッパやアメリカ、日本の市場を商業的に意識したものだとグレグソンは語っており、当時のイギリスでのコンサートバンドの位置付けがうかがえます。

*8:『剣と王冠』では任意の奏者たちが歌うよう指示されていた声楽パートが別立てになり、独唱も参加します。これ以前にもグレグソンは、ウォルトンやラターの作品を思わせる Missa Brevis Pacem (1987) で声楽と吹奏楽を共演させています。

*9:この "Great British Music For Wind Band" はいまでは20枚以上を数える長寿シリーズになっています。現在のイギリス産レパートリーの存在感は、もちろん英語の優位がある一方で、出版社の枠を超えたショーケースがあったことで面として受容しやすかったのもあるのではないかと思います。第5集 (1998) 以来ほぼ皆勤の常連になっているのがマーティン・エレビー Marin Ellerby (1957-) で、90年代以降、『パリのスケッチ』Paris Sketches (1994)『新世界の踊り』New World Dances (1996) 交響曲 (1997) といった作品で広く認知されるようになります──『クラブ・ヨーロッパ』Club Europe (2002)『アンデルセン物語Tales from Andersen (2005)『サイレント・ムービー組曲A 'Silent Movie' Suite (2013) のように親しみやすさを押し出した作品もあれば、『十字架への道』Via Crucis (2003)『聖トマス・アクィナスのミサ』Mass of St Thomas Aquinas (2006) 、室内楽のためのシリーズ Epitaph のように複雑な響きによるシリアスさが基調の作品群もあり、作風は多彩です。あまり熱心ではなかったようですがやはり青年期にブラスバンドを通って、そちらでも Evocations (1996) Tristan Encounters (1998) Elgar Variations (2006) といった有名曲がありますが、グレグソンたちとは異なりむしろコンサートバンドに軸を置いた立ち位置と言えるでしょう。はじめて吹奏楽作品を書くとき手に取った作品のなかには『剣と王冠』があったといい、だからというわけではないでしょうがカラフルで風通しの良いサウンドを特色としています。