16. ロバート・ラッセル・ベネット:古いアメリカ舞曲による組曲

生涯で20曲近くの吹奏楽作品*1を残したロバート・ラッセル・ベネット Robert Russell Bennett (1894-1981) は、同時代のアメリカの作曲家の多数と同様、パリでナディア・ブーランジェに師事し、新古典主義の潮流をくぐっています。『4つの前奏曲』(1974) あたりを聴くと、からっと乾いた和声にいかにも、と思わされるものがあります。

しかし彼のキャリアを説明するにあたってもっとも重要なのはおそらく、映画音楽同様に分業の進んだブロードウェイミュージカルにおける、オーケストレーターとしての仕事です。担当した作品には例えば『ショウ・ボート』『マイ・フェア・レディ』『サウンド・オブ・ミュージック』があった、と書くと功績がわかりやすいと思います。前述の『4つの前奏曲』も、交流のあったブロードウェイのソングライターたち、ガーシュイン*2、ユーマンス、コール・ポータージェローム・カーン、の名前を冠した曲集でした。新古典主義とジャズ、劇音楽(映画音楽も含む)由来のゴージャスな響きはどれもアメリカの吹奏楽作品をたどっていくと欠かせない要素ですが、ベネットは典型的にそのすべてを背負った存在として吹奏楽史に意義深い位置を占めています*3

似た存在としては20歳ほど年下のモートン・グールド Morton Gould (1913-1996) がいて、『ウェスト・ポイント交響曲Symphony for Band, "West Point" (1952) 、『第2アメリカン・シンフォネット』からの「パヴァーヌPavanne (1961) 、『ジェリコJericho Rhapsody (1941) と並べると、それぞれの側面が作品に表れていることがわかります。コルバーン/アメリ海兵隊バンド盤 (Altissimo, 2013) に吹奏楽の有名作がまとまっている*4のをはじめベネット以上に演奏会用作品の録音には恵まれていて、一般的なイメージと異なり*5深刻さに傾いた『ホロコースト組曲 Suite from "Holocaust" (1980) など含め、全貌はある程度見えやすくなっています。

 

第一次大戦の従軍時や野外演奏用の委嘱でバンドに関わったのち、ゴールドマン・バンドの演奏で本格的に吹奏楽の魅力と可能性に開眼したベネットは『古いアメリカ舞曲による組曲Suite of Old American Dances (1949) を作曲し、この後継続的に吹奏楽作品を提供していく皮切りになります。このとき聴いたのがカーネギー・ホールで開かれた、オーケストラ作品で有名な作曲家の作品を中心にした演奏会であったことは、幼少時からアカデミックな教育を受けてきたベネットの一種の「本物志向」が表れているように思います。

幼いころの思い出を元に、当時としてもオールドファッションなスタイルのジャズを取り入れたこの作品は、それだけに初めから歴史のなかに置かれ、誰にとっても親しみやすい作品であり続けています。フェネル/EWEが録音 (Mercury, 1954) して以来の人気曲だけに好演は多いのですが、古き良きアメリカをテーマにした一枚の核になっているコーポロン/シンシナティWS (Klavier, 1995) が一番に薦められるのではないかと思います。シューマン『ニューイングランド三部作』のときに紹介したグレアム/アメリカ空軍バンド盤もいいのですがすこし威勢が良すぎるかもしれません。 

もう一つの有名な作品である*6『シンフォニック・ソング』Symphonic Songs for Band (1957) も、ジャズからの影響は明らかですが扱いにはかなりひねりが入っていて、ベネットの音楽的出自をより広い範囲で示すものになっています。これも『ニューイングランド三部作』の項で言及したフェッティグ/アメリ海兵隊バンド (Altissimo, 2014) の演奏が洗練されていておすすめです。

American Variations

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  • 発売日: 1995/08/22
  • メディア: CD
 
Be Glad Then, America

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  • 発売日: 2016/05/27
  • メディア: MP3 ダウンロード
 
Gould: An American Salute

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  • 発売日: 2013/10/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

*1:バンド編成のみ。ほかにも管楽オーケストラ—―オーケストラから弦を抜いた編成の作品が十数作あります。

*2:ポピュラーとクラシック音楽を股にかけたアメリ音楽史の中心人物の一人ですが、そもそも大編成作品のスコアリングを行ったのが少ないのもありバンドとの直接のつながりは薄いです。有名な『ラプソディ・イン・ブルー』の初演稿 (1924) は管楽器中心のジャズバンドが伴奏するように書かれており、同じくグローフェ Ferde Grofé がコンサートバンド(ピアノは割愛可能)のためのスコアリング (1938) も作っていますが、いちばん取り上げられるのはハンスバーガーによるウインドアンサンブル編曲 (1998) でしょうか。

*3:蛇足ですが、イニシャルが同じイギリスのリチャード・ロドニー・ベネット Richard Rodney Bennett (1936-2012) も映像音楽の分野で活躍し、管楽器と縁が深く『朝の音楽』Morning Music (1986)『四季』The Four Seasons (1991) トランペット協奏曲 Concerto for Trumpet and Wind Orchestra (1993) といった吹奏楽サクソフォンを加えた管楽オーケストラ)作品を残しているのは面白いです。

*4:なかば吹奏楽曲として扱われているフィリップ・ラング編曲の『アメリカン・サリュート』など含め。

*5:『プリズム』Prisms (1962) はバンド分野でのアバンギャルドの早い例として名前が挙がります。50年代末からジャズにアカデミックな手法を持ちこみ "サード・ストリーム" の渦を起こしたガンサー・シュラー (1925-2015) による多数の管楽作品――金管と打楽器のための交響曲 Symphony for Brass and Percussion (1950) 、5群のアンサンブルのための『3つのインヴェンション』Tre Invenzioni (1972) 、トロンボーンとアンサンブルのための『アイネ・クライネ・ポザウネンムジーク』Eine Kleine Posaunenmusik (1980) 、交響曲第3番 Symphony No. 3 "In Praise of Winds" (1981) などと並べて考えることができるでしょうか。

*6:この2曲のほか、認知度は落ちるけれど重要な作品を併録したルンデル/王立ノーザン音楽大学WO盤 (CHANDOS, 2016) は演奏と録音にすこしばかり雑味は感じますが好企画です。