21. ベンソン:落葉

若いころから打楽器奏者として活動していたウォーレン・ベンソン Warren Benson (1924-2005) は、仲間の管楽器奏者が新しいレパートリーを欲していることを知って、管楽器や吹奏楽のための作品に力を注いだと語っています。作品リストのほぼ最初から吹奏楽作品は書かれていますが、彼の吹奏楽の扱いで特筆されるのが、独奏楽器の集積としてバンドをとらえる姿勢の徹底です*1。1パート1人のアンサンブルのための作品*2は当然のこと、低難易度作品の依頼に応えた『ジンジャー・マーマレードGinger Marmalade (1978) から、交響曲第2番 Symphony No. 2, "Lost Songs" (1982) のような大きい編成の大作に到るまで、同じ態度が共通しています。

このジャンルの最初期の作品であるサクソフォンと "band instruments" のためのコンチェルティーノ (1955) では各楽章の伴奏が打楽器・木管楽器金管楽器と割りつけられ、混合した音色が意識して避けられていますし、イタカ高校のために書かれた*3 Remembrance (1962) も、個々の楽器の音色を生かした薄い書法で、ひとつひとつのパートに重い責任が与えられています。彼の吹奏楽作品にアレグロ率が低く、音数が比較的少なく設定されているのも、ベンソン自身の内省的・抒情的な志向に加えて、大規模な合奏で線同士の絡みを聴かせるため、というのが一つあるでしょう。

峻厳なベンソンの代表作群の中では最上級にとっつきやすいのがたぶん『弔鐘』Passing Bell (1974) *4 だと思いますが、この曲のクライマックスでは低音金管の分厚いコラールが奏される一方で、木管楽器やトランペット・ユーフォニアム、打楽器はあくまで非常に細分化された扱いが施され、複雑にずれた線が重層的な響きで空間を埋め尽くします。

ことに打楽器の活躍はさすが打楽器奏者だったベンソンらしいところで、多彩な音色と減衰するソノリティを生かして、アンサンブルの軸として透明でヴィヴィッドな響きを生み出します。吹奏楽作品のなかでも演奏機会の多い『落葉』The Leaves Are Falling (1964) や『孤独な踊り子』The Solitary Dancer (1969) では、管楽器の書法を極力薄くし、演奏時間を支えるダイナミクスや推進力は打楽器によって作る、独特の書法が典型的に表れています。

吹奏楽への参入はかなり後になりますが、マイケル・コルグラス Michael Colgrass (1932-2019) も同じく打楽器奏者の出身で*5かつソリスティックな書法の発想が近い作曲家として挙げることができます。ほとんどの時間にわたって巨大な空間で繰り広げられる室内楽という趣がある『ナグアルの風』Winds of Nagual (1985) *6などで彼はバンド作品の歴史に深く杭を打ち込むことになりますが、ユーモアの感覚やリズミックな展開、神秘的なものへの関心が強く出ることで表現の指向が広くなっているのが特色です。『ナグアルの風』はコーポロン/シンシナティWS (Klavier, 1995) がおすすめです*7

 

アメリ海兵隊バンドがライヴ録音を集成したベンソン作品集を2枚出していて、主要作品はこちらで揃いますし演奏も粒揃いです。緊張度の高い作品ばかりで、通して聴くにはやや体力を使うかもしれませんが。『落葉』は第2弾 (Mark Records, 2018) に収録されています。

The Music of Warren Benson, Vol. 2

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  • 発売日: 2019/05/17
  • メディア: MP3 ダウンロード
 
The Music of Warren Benson, Vol. 1 (Live)

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  • 発売日: 2019/01/18
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*1:彼はイーストマン音楽学校で長いキャリアを過ごしましたが、赴任は1967年のことで、EWEに間近で触れる以前からアンサンブル志向ははっきりと現れています。『落葉』の初演もEWEでしたが、委嘱元はバンド関係のフラタニティ(大学友愛会)でした。

*2:打楽器と管楽オーケストラのための交響曲 (1963) や、メゾソプラノと管楽アンサンブルのための『影の森』Shadow Wood (1968/1993) 、レヴェリ賞受賞作、室内合唱と管楽アンサンブルのための『夏の太鼓』The Drums of Summer (1997) など。

*3:イタカ高校に勤めていたフランク・L・バッティスティ Frank L. Battisti とベンソンの縁は深く、『落葉』の委嘱にもバッティスティが関わっていますし、イタカ高校による一連の委嘱プロジェクトは、ベンソンの Night Song (1958) で幕を開けています。委嘱に応えた作曲家にはパーシケッティハートレーたちが含まれ、偶然性や電子音を取り入れた作品もあります。レスリー・バセット Leslie Bassett (1923-2016) が最初の吹奏楽作品 『造形、図像、テクスチュア』Designs, Images, and Textures (1966) を書くきっかけにもなりました。バセットの吹奏楽作品は『色彩と輪郭』Colors and Contours (1966) や『音響、形状、象徴』Sounds, Shapes, and Symbols (1977) などありますが、文献などでの扱いの大きさのわりに録音が少ないのが残念です。

*4:アメリ海兵隊バンドによるベンソン作品集の第1弾 (Mark Records, 2018) に収録されているジョン・D・ブルジョワ指揮の演奏をおすすめします。アルバム "Elements" (Altissimo, 2015) に収録されたフェッティグ指揮のスタジオ録音もよく彫琢された演奏で甲乙付けがたいですが、前者のほうがより生々しい感触を感じます。

*5:プレイヤーとしてはニューヨークを拠点に活動していましたが、作曲を盛んに行うようになってからはカナダで過ごしていました。カナダの吹奏楽と関わりのある作曲家はアメリカとつながった面々が目立ち、膨大な編曲作品で知られるルイ=フィリップ・ローレンデュー Louis-Philippe Laurendeau (1861-1916) やデイヴィッド・マーラット David Marlatt 、低グレード作品に力を注ぐヴィンス・ガッシ Vince Gassi (1959-) やケイト・ニシムラ Cait Nishimura (1991-) 、民謡による Newfoundland Rhapsody (1956) や Snake Fence Country (1954) で知られる一方でゴールドマン・バンドから『ストラトフォード組曲』Stratford Suite (1964) の委嘱を受け、その名を冠した作曲賞もあるハワード・ケーブル Howard Cable (1920-2016) などがいますが、そのほかにも現地のバンドと密接な活動を続けた Joseph Vézina (1849-1924) や Charles O'Neill (1882-1964)、James Gayfer (1916-1997) 、イギリス出身のロバート・レッドヘッド Robert Redhead (1940-) やロバート・バックリー Robert Buckley (1946-) 、ピーター・ミーチャン Peter Meechan (1980-) 、南アフリカ出身のマルコム・フォーサイス Malcolm Forsyth (1936-2011) 、チェコ出身のオスカル・モラヴェツ Oskar Morawetz (1917-2007) などもいて背景は多様です。

*6:奇しくも、委嘱者はベンソンと縁の深かったバッティスティの指揮するニューイングランド音楽院WEでした。

*7:ノーステキサスWSとの演奏を収録したGIA Windworksの盤 (2011) は、ピューリッツァー賞を受賞した管弦楽作品の自編『デジャ・ヴュ』(1977/arr. 1987) など2枚組に吹奏楽作品が詰め込まれています。