15. W.シューマン:ニューイングランド三部作

ウィリアム・シューマン William Schuman (1910-1992) も新古典的なアメリカの作曲家の一人で、『第3番』(1941) をはじめとする交響曲群で知られています。ほかの作曲家たちと比べるとシューマンは外向的な親しみやすさを素直に打ち出す方向とも親和性があり、『アメリカ祝典序曲』American Festival Overture (1939)や、このニューイングランド三部作』New England Triptych (1956/1957/1975)、アイヴズ*1の『アメリカ変奏曲』の管弦楽編曲 (1964) といった特によく知られている作品はこちらの系譜に属します。

ニューイングランド三部作』は管弦楽のために作曲されて人気を博したあと吹奏楽へ改作されているのですが、3曲が別々に編曲されているのと、さらに曲集の看板となる3曲目『チェスター序曲』Chester, Overture for Band  は管弦楽バージョンの2倍の長さになり(だから単独で取り上げやすく有名になったというのはあるでしょう)中身もほとんど別物になっていて、と複雑な成り立ちをしています。『チェスター序曲』は素材と全体のムードこそ共通していますが管弦楽のときと同じ展開をする部分のほうが少ないくらいで、管楽器は比較的シンプルに動く一方で打楽器が曲の推進力として重要な働きをしているのも興味深いところです。

三部作を揃えたものに限っても録音は多数あるなかで、グレアム/アメリカ空軍バンド (Altissimo/Klavier, 1996) を。張りのある演奏で、曲によく合っていると思います。ちょっと元気が良すぎると感じる向きにはフェッティグ/アメリ海兵隊バンド (Altissimo, 2014) がバランスの取れた好演。

ニューイングランド三部作』に先立って吹奏楽のために作曲されたジョージ・ワシントン・ブリッジ』George Washington Bridge (1950) は、比べると豪快ながら質朴な感触があり、セクションを塊として扱う一聴瞭然のテクスチュアで書かれています。こちらもよく取り上げられていていろいろと録音がありますが、スラットキン/アメリ海兵隊バンドのライブ (Altissimo, 1998) が前進するエネルギーのわかりやすい演奏。

『三部作』のなかではいちばん対位法的に手の込んだテクスチュアをしている1曲目の『喜びあれ、アメリカ』Be Glad Then, America について、シューマンは最後まで編曲を渋っていたそうで、『チェスター序曲』の改作や『ジョージ・ワシントン・ブリッジ』と合わせると、50年代のシューマンがバンドをどう捉えていたのかというのがわかる気がします。

 

シューマンに限らず、この時代のアメリカで、新古典的でアカデミックな作法を出発点にした作曲家は作品数の差こそあれ軒並み吹奏楽に関わっていて*2、よく知られているところではウォルター・ピストン『タンブリッジ・フェア』Tunbridge Fair (1950) やピーター・メニン『カンツォーナ』Canzona (1951) があり*3、共通した力強いスタイルを体現していますが*4、彼らの親玉とでも言いましょうか、平明さをコンセプトとして打ち出して隔絶した知名度と影響力を誇り、分野を問わず「アメリカ的」な響きの模範の一つを作ったアーロン・コープランド Aaron Copland (1900-1990) もバンドのための作品を残しています。CBDNAの委嘱で書かれた『エンブレムズ』Emblems (1964) 以外、『戸外のための序曲』An Outdoor Overture (1941)、『シェイカー教徒の旋律による変奏曲』Variations on a Shaker Melody (1960)、『赤い子馬』組曲 The Red Pony, Film Suite (1968)といったあたりはすべて管弦楽作品からの自編で、どれも広い範囲にリーチすることを意識した、抜けの良い語法が反映されています。ハミルトン/アメリカ陸軍野戦部隊バンドの "Legacy of Aaron Copland" (Altissimo, 2011) でひととおり揃います。

 

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*1:よく演奏される『カントリーバンド行進曲』は、もともと小編成オーケストラのための譜面が書かれていた(オーケストラによるバージョンはのちに『ニューイングランドの3つの場所』(1903-14/rev. 1929) の第2曲に発展)のを、アイヴズ作品の校訂や編曲に携わるジェイムズ・シンクレアがバンド編成に「戻した」もの。『ジョージ・ワシントン・ブリッジ』と同日のスラットキン/アメリ海兵隊バンドの演奏 (Altissimo, 1998) は作品の奇矯さがよくわかります。アイヴズはほかに Scherzo: Over the Pavements (1909-10) や、小管弦楽のための『セット』第1番 (1907-15) 第8番 (1920s?) のなかの数曲を弦楽を含まないアンサンブル編成で書いています。

*2:続いて挙げる以外の例にはロイ・ハリス、ヴァージル・トムソン、(十二音技法の導入などの尖鋭性をバンド分野ではあまり見せなかった)ウォリングフォード・リーガー、この時期はイタリア在住だったため時代は下りますがデヴィッド・ダイアモンドなどがいます。もっと言えばヘンリー・カウエルやウィリアム・グラント・スティル、レオ・サワビーなどを含む、明快さを志向したアメリカの作曲家全体にあてはまるかもしれませんが。

*3:ロバート・クルカ Robert Kurka (1921-1957) が管楽オーケストラ編成のために書いた、ヴァイルの『小さな三文音楽』を彷彿とさせる『良い兵士シュヴァイク』組曲 Good Soldier Schweik Suite (1956) もここに並ぶ位置付けでしょうか。組曲を発展させて作られたオペラは『三文オペラ』とともに珍しい管楽伴奏オペラの作例です。

*4:どちらも作曲家連盟 League of Composers を通したゴールドマンの委嘱シリーズの一つです。前者はコーポロン/シンシナティWS (Klavier, 1991)、後者はグレアム/アメリカ空軍バンド ("Evolution", Altissimo/Klavier, 1999) を推薦。