37-38. スパーク:祝典のための音楽 / 宇宙の音楽

フィリップ・スパーク Philip Sparke (1951-) は、70年代後半から80年代*1ブラスバンド界のスターとして登場し、そのまま現在に至るまで第一線の作曲家として支持されています。個々の作品のどれを推すかについては詳しい人がたくさんいるので、雑な区分けになるのを承知で、引いた視点から急ぎ足に見てみます。

スパークの作品は当初、ブラスバンドの分野が中心で、80年代後半から吹奏楽(コンサートバンド)に手を広げ、00年代からはファンファーレオルケストにも力を入れています。なので初期の吹奏楽作品はブラスバンドバージョンが先行し、そこから編曲されたものがほとんどになります*2。『アオテアロアThe Land of the Long White Cloud - Aotearoa (1979/1987) 、『ジュビリー序曲』Jubilee Overture (1983/1984) 、オリエント急行Orient Express (1986/1992) *3『ドラゴンの年』The Year of the Dragon (1984/1985/rev. 2017) 、TKWOの委嘱で初めから吹奏楽のために書かれた、この時期の集大成的な『セレブレーション』Celebration (1991)  と、スパークの一般的なイメージを作りあげた名作ぞろいですが、コープランドを参照したクリスプな響きや短旋法の活用で勇壮さを演出する『ドラゴンの年』を別とすると、どれもポップでポジティヴな感性が横溢しています*4。このなかで『祝典のための音楽』Music for a Festival (1985/1987) は、『ドラゴンの年』やシンフォニエッタ第1番 (1990) 第2番 (1992) と並ぶ最大規模の作品で、この時期の屈託のない作風*5の代表格として頻繁に取り上げられています。

登場するなりバンド界を席巻したスパークの作風は、伝統的・ロマンティックな感性を軸に、人なつこい響きをかなり大々的に入れ込んでいます。イギリスにも「ライト・ミュージック」の伝統がありますが、放送音楽やポピュラー音楽に関わっていてブラスバンドに作品を提供していた作曲家、ギルバート・ヴィンターであったり、ゴードン・ラングフォード、ゴフ・リチャーズといった先輩格に並べることができそうです*6ブラームスマーラーとともに大きな影響を受けた作曲家として挙がるのはコープランドジョン・ウィリアムズストラヴィンスキーラヴェル*7といった名前で、特にアメリカの作曲家からの影響は、イギリス音楽の流れにおいて異分子として働き、彼の作品を際立てる役割を果たしたのではないでしょうか。

90年代後半から2000年前後にかけては、吹奏楽作品のブラスバンド作品からの分離が進んでいく*8とともにやや毛色の違う作品が増え、打楽器・木管セクションを分解して組み合わせる立体的な響きやアメリカ流の鋭角的な構造が曲の印象を決定づける『ダンス・ムーヴメンツ』Dance Movements (1995) 、ドラマティックな『暗闇から光へ』Out of the Darkness, Into the Light (2003) 、ブラスバンド作品では、異質な要素の衝突を試みた*9『月とメキシコのあいだに』Between the Moon and Mexico (1998) 、抑制的な抒情が印象的な『タリス・ヴァリエーションズ』Tallis Variations (1999) といった作品が生まれていきます。民俗的な題材をストレートに取り入れた『シャロム!』Shalom! (2001/2001) や『ハイランド賛歌』Hymn of the Highlands (2002/2003) 、静かで息の長い構築に貫かれた『エンジェルズ・ゲートの日の出』Sunrise at Angel's Gate (2001) などの作品は、新しい一面と言えるでしょう*10。2000年には個人出版社アングロ・ミュージックを設立、吹奏楽作品の増加につれイギリス以外でも認知が広がったからか、委嘱/作曲ペースも如実に上がり、年に十数曲以上がコンスタントに生み出されるようになっていきます。

その流れで書かれた『宇宙の音楽』(天球の音楽)Music of the Spheres (2004/2005) は多様な素材を一つながりのスペクタクルにまとめあげ、新たな代表作として認められる作品になりました。先に発表されたのはブラスバンドバージョンですが、吹奏楽化を念頭に置いてブラスバンド書法にも反映させていったとスパークが語る*11この作品は、二つの分野での経験がともに活かされたものと言えるでしょう。90年代はブラスバンド作品が若干減り、奏者に最高度の要求をする作品は『タリス・ヴァリエーションズ』から少し間が空いたのももしかすると力作となった理由かもしれません。

この後、大量の委嘱に応えながらスパークの作風は自在さを加えていきます。活動初期から武器にしてきた快活な作風をさらに洗練させたような*12交響曲第3番『カラー・シンフォニー』A Colour Symphony (2016)、『ダンス・ムーヴメンツ』で片鱗を見せていたジャズ路線が深化した『ウィークエンド・イン・ニューヨーク』A Weekend in New York (2008)『3つのワシントンの彫像』Three Washington Statues (2015) に加えて、『ファイヴ・ステーツ・オブ・チェンジ』Five States of Change (2011/2012/2012)、『神話と怪獣』Of Myths and Monsters - An outrage for concert band (2013) 、『知られざる旅』のように不安定な響きを生かした作品も増え、ふだんより抽象的な表現を目指した『砂漠』Deserts (2008) のような異色作も生まれています。もちろん、『陽はまた昇る』The Sun Will Rise Again (2011) や『冬物語A Winter's Tale (2010) のような温かみのある響きも忘れられてはいません。

ここまで規模の大きい作品やよく知られている作品を中心に話してきましたが、あまり目立たない作品*13にも手のかかった秀作は多くあります。全体に作品の演奏機会は多く、CDも充実しているので、録音入手にも苦労しないでしょう。『祝典のための音楽』をはじめとした初期作品の集成としてスパーク/TKWO盤 (佼成出版社, 1992) 、『宇宙の音楽』や近作を含むアルバムとしてスパーク/オオサカ・シオンWO盤 (Fontec. 2016) を推薦しておきます*14

オリエント急行

オリエント急行

 

*1:スペクトラムSpectrum (1969) や Salute to Youth (1960) のギルバート・ヴィンター Gilbert Vinter (1909-1969) や、『プランタジネット朝The Plantagenets (1972)『コノテーションズ』Connotations (1976) のエドワード・グレグソンたちによってより多層的、色彩的なブラスバンド書法が導入され、表現のバリエーションが広がったのをリアルタイムで体験した世代にあたります。

*2:大学在学中に書かれた曲として、初出版作品、ブラスバンドのための『コンサート・プレリュード』Concert Prelude (1976) の直後に、吹奏楽のための『ガウディウム』Gaudium (1977) が出版されていますが、一般的にレパートリーとして演奏される吹奏楽作品は1979年に編曲した『コンサート・プレリュード』が最初、その次が1984年編曲の『ジュビリー序曲』になります。

*3:欧州放送連合のコンテストのためイギリス代表として三年連続委嘱を受けた(そしてすべて優勝した)うちの一曲で、当時の注目ぶりがうかがえます。ほかの2曲のマーチ、『スカイライダー』Skyrider (1985) と『スリップストリームSlipstream (1987) も佳品。

*4:吹奏楽バージョンのないブラスバンド作品に範囲を広げると、『ロンドン序曲』A London Overture (1984) 『パルティータ』Partita (1989) など吹奏楽作品と共通の明朗さに貫かれている作品も存在していますが、『ハーモニー・ミュージック』Harmony Music (1987)『エニグマ変奏曲』Variations on an Enigma (1986)『ケンブリッジ・ヴァリエーションズ』Cambridge Variations (1990)と並ぶ代表作群には複雑な響きや鋭いリズムも見られ、吹奏楽編曲する作品の選択に意図を見出したくなります。

*5:ユーフォニアムの主要レパートリーになっている『パントマイム』Pantomime (1986/1994) 『アイナのための歌』Song for Ina (1993) などのソロ作品も見逃せません。

*6:マルコム・アーノルド Malcolm Arnold (1921-2006) などもこの近縁にいるでしょう。他人による編曲含め管楽器とは縁が深い作曲家ですが、コンサートバンドのために書いた作品は10分ほどの Flourish for a Battle (1989) のほかは『H.R.H. ケンブリッジ公HRH The Duke of Cambridge (1957) と Overseas (1960) の行進曲2曲しかないのは興味深いです。『プレリュード、シシリアーノとロンド』Prelude, Siciliano, and Rondo (arr. 1979) はブラスバンドのための小組曲第1番 (1963) をジョン・ペインター John Paynter が編曲したもの、『水上の音楽』Water Music (1964) は管楽オーケストラのための作品です。

*7:『ハーモニー・ミュージック』や、"Raveling, Unraveling" (2016) /『知られざる旅』The Unknown Journey (2015) では直接的にオマージュを捧げています。

*8:『ドラゴンの年』コンサートバンド版の2017年の改訂につながっていく、コンサートバンドの扱いや捉え方の深化・変化もこのあたりに転機がありそうです。この改訂版を聴くと、ブラスバンドとコンサートバンドでは、単に木管が増えたというだけでなく、打楽器の動員の自由度にも違いがあるのがよくわかります。

*9:ただし「月」と「メキシコ」は個別の楽想に対応するわけではなく、この題名に深い意味はないと語っています。

*10:『フィエスタ!』Fiesta! (1996/2005)『ハノーヴァーの祭典』Hanover Festival (1999) 『ディヴァージョンズ』Diversions - Variations on a Swiss Folk Song (1997/1998) 『インヴィクタス』 Invictus - The Unconquered (2001)『メリーゴーランド』Merry-Go-Round (2002) のように、以前の延長上にある親しみやすい作品ももちろん書かれていて、代表作級の扱いを受けています。

*11:実際、大曲にもかかわらず吹奏楽版は委嘱を受けずに作成されており、作曲賞へのエントリーも行われています。

*12:ブラスバンド作品ではたとえば『ペリヘリオン』Perihelion: Closer to the Sun (2013) 、ファンファーレ作品では『ヴァリエーションズ-パリ, 1846』Variations - Paris, 1846 (2017)がここに入るかもしれません。

*13:たとえば『ヴィルテン・フェスティヴァル序曲』Wilten Festival Overture (1999)、『平和を求めて』...the quest for peace... (2006)、『ノッティンガム・フェスティヴァル』A Nottingham Festival (2012) など。

*14:『宇宙の音楽』単体ならボストック/TKWO盤 (Fontec, 2015) がいいとか、『ドラゴンの年』2017年版の周りを近作で固めたスパーク/シエナWO盤 (2018) が興味深いとかはあるのですが、のちのちの選択肢ということで。