ex. ストラヴィンスキーとシェーンベルク、と吹奏楽

20世紀の音楽史に屹立する二人の作曲家、アルノルト・シェーンベルク (1874-1951) とイーゴリ・ストラヴィンスキー (1882-1971) は、どちらもよく知られた「吹奏楽作品」を残しています。いろいろ考えた結果どちらも100曲からは外しましたが、当然無視することはできないのでここでまとめて言及します。

 

ストラヴィンスキーの作品のなかでよく聴かれているのは初期のいわゆる「三大バレエ」や『プルチネッラ』あたりだと思います。しかし、民謡を素材にし大管弦楽を力強く、緻密に鳴らして「原始主義」との評判を取る三大バレエも、素材としたバロック期の音楽が明瞭に聴こえる『プルチネッラ』も、重要な/優れた作品ではありながら、ストラヴィンスキーの創作全体を象徴するものとは言いがたいところがあります。

彼は作風を何度か変化させていった作曲家としてしばしば言及されていて、たしかに具体的に何を創作の起点とするかは時代によって変化しています。しかしどの作品にも通底しているのが、本人が「音楽は音楽以外のなにものも表現しない」というとおり、どろどろした感情表現でなく明晰な響きの連なり、音そのものに楽しみを見いだしていく態度です*1。対して天才ならざるこちら聴き手はときに感動を覚え、情緒的な言葉で表したくなってしまうわけですが。

1920年ごろから1951年ごろまではストラヴィンスキーの「新古典主義期」と呼ばれ、彼の創作歴の中核をなします。音楽の「新古典主義」という言葉はさまざまに使われますが、非ロマンティックな、乾いた明快な構造を指向する音楽――前衛的な運動の一種として積極的に感情の重みを排した音楽、ととらえるならばこれはストラヴィンスキーの個性そのものと言えます。そしてこの個性は、20世紀の音楽の大きな潮流に直接つながっています。

『管楽器のシンフォニーズ(サンフォニー)』Symphonies of Wind Instruments (1920/rev. 1947) はオーケストラの管楽器セクションのための作品*2で、尊敬する先人であり盟友でもあったドビュッシー追悼のための音楽。新古典主義期の幕開けとされる『プルチネッラ』直後に作られていて、7割方バロック期の音楽として聴けてしまう『プルチネッラ』よりも、のちの『詩篇交響曲』(1930)、『ミサ曲』(1948)といったストラヴィンスキーオリジナルの重要作品と共通する響きがあります*3。『春の祭典』をさらに抽象化したような民俗的な音楽と、動きの少ないコラールが交代する構成*4ですが、特に後者の、掴みどころがないながらも豊かなニュアンスを持つ響きは、20世紀の音楽を広く聴いていくにあたっての格好の入口になりえると思います。

バランスのとれた録音としてはサロネン/ロンドン・シンフォニエッタSONY, 1988)を薦めます*5。対して、ブーレーズ/BPO(DG, 1996)は柔らかな表現に振りきった耽美的とすらいえる演奏、クラフト/20世紀古典Ens.(Naxos, 2001)は感傷をいっさい削ぎ落とした演奏で、この作品の奥深さが感じられるはずです。


シェーンベルク『主題と変奏』Theme and Variations, Op. 43a (1943) が「教育的な作品」の依頼で書かれたものの、技術的に容易とはいえないものが完成してしまった...というのは有名なエピソードです。

しかし、変奏ごとの対比やクライマックスの構築が明確・伝統的であること、偶数拍・偶数小節ごとに割り切れる規則的な構造を基本にしていること、そしてなによりも明確な調性を持っていることなど、受け手にとってのハードルを下げる試みが見られることは確かです*6。ゆえにシェーンベルク自身は「自分の中心的な作品ではない」としていますが、同時に「技法の面においては名作であり、独創的でもあります...大きな喜びとともに書いたのです」とも記しており、ただの頼まれ仕事と切り捨てたくない作品でもあります。計算された設計や綿密な作曲技法については、日本楽譜出版社版スコアの伊藤康英解説に詳細に書かれています。

『主題と変奏』の書法はシェーンベルクらしくきわめて線的、対位法的で、比較的重ねが薄く表情的にうねる線を、楽器の出し入れや金管の使い分けによって神経質な音色の変化を加えながら絡み合わせていきます。管楽器主体の『室内交響曲第1番』*7の、張りつめた線が軋みながら絡み合う魅力であったり、この『主題と変奏』の管弦楽版あるいは管弦楽作品の代表作の『管弦楽のための変奏曲』のような、弦という選択肢を持っていることによる万華鏡的な色彩の豊かさとも違い、一パートに複数の楽器が撚り合わされながらも室内楽的に自在に反応する、ある種仮想的なバンドとでもいうものが想定されているように見えます*8。「技術的な難しさ」というのは音の多さや半音階的なねじれを含む音の動き*9といった要素以上に、錯綜するアンサンブルの(タイミングの問題にとどまらない)解きほぐし、またシンフォニックバンドと管楽アンサンブルという二種の合奏の性質が並存していることにあり、その調停はひとえに演奏側に任されています。

この点をある程度克服した録音として、滑らかさと音色の変化を両立させたベルグビ/ノルウェー海軍バンド(2L, 2013)を、良くも悪くもコントラストを重視した録音として、ガンサー・シュラー/アメリ海兵隊バンド(Altissimo, 1998)を挙げておきます。


加えて言うと、後世への影響という点でもストラヴィンスキーシェーンベルクには違いがあります。ストラヴィンスキーの音楽が、彼と並走していた「六人組」たちフランスの新古典主義者とともにアメリカの音楽に大きな影響を与えたのに対し、のちの作曲家たちにとってのシェーンべルクの存在感は限られたものに留まりました*10。これは、二人が残した作品の質の高さとは別の話です。

個別の作品に限っても、ストラヴィンスキーが『シンフォニーズ』で見せた、管楽器の音色を利用しつくした響きの世界は、ウォルター・ハートレーの『23の管楽器のための協奏曲』Concerto for 23 Wind Instruments (1957)、ジョン・ハービソンの『18の管楽器のための音楽』Music for Eighteen Winds (1986)、マグヌス・リンドベルイ『グラン・デュオ』Gran Duo (2000)といった管楽合奏作品*11に直接的に影響しています。ストラヴィンスキーが初期に見せた力強いリズムの打ち込みがもたらした影響は枚挙にいとまがありません*12

吹奏楽のレパートリーが大きく伸張した50−60年代にわたって、ロマンティシズムの終着点を通ってきたシェーンベルクの作風を引き継ぐ作曲は主流にはなりませんでした*13。これは吹奏楽がどうこうというよりも作品創作の中心だった当時のアメリカの楽壇の流れというべきでしょう。無調的でシリアスな作品はもちろん書かれていますが、どれも根底にあるのは新古典派の面々あるいは無調後のウェーベルンを模範とした反ロマン派的な美学です。

後期ロマン派流の(「シェーンベルク的」と言うことも可能な)半音階的で表情豊かな線が吹奏楽界で存在感を持つのは70年代に入って以降、リードの『ハムレットのための音楽』(1971)、『オセロ』(1977)、『交響曲第2番』(1977)、バーンズの『死の幻影』(1981)といった作品が現れてからではないでしょうか*14。奇しくも、日本の兼田敏が『パッサカリア』を書いたのも72年で、それ以前に書いた明快な作品よりもロマンティックな表現性がぐっと増しています*15し、象徴的なことに主題は十二の半音からなっています。付け加えておきますが、こうした作品の多くはシェーンベルクの作例と違い、19世紀的によく響くサウンドを積み上げて吹奏楽を重厚に鳴らすことを志向しており、彼らの作品が広く受け入れられた理由の一つでもあったでしょう。


ストラヴィンスキーシェーンベルク、大作曲家二人の遺産が吹奏楽へどのように受け継がれたか(受け継がれなかったか)のモデルとして、二人にともに私淑し、南カリフォルニア大学での同僚でもあったインゴルフ・ダール Ingolf Dahl (1912-1970) の吹奏楽作品を挙げてみましょう。

彼の吹奏楽作品にはウィンドアンサンブル/管楽オーケストラ伴奏のサクソフォン協奏曲』(1949/rev. 1953)*16とコンサートバンドのためのシンフォニエッタ(1961)があり、どちらも高度な技法とポピュラリティが結びついた名作ですが、特に『シンフォニエッタ』は60年代を代表する吹奏楽作品。古典的な構成感や、基本動機から全体を紡ぎ出していく綿密さはシェーンベルクからの影響を感じる一方、全曲を支配する鮮やかきわまりない音色感、生き生きとしたリズムやさっぱりした声部構造は、ストラヴィンスキーから得たものの大きさを物語っています。コーポロン/シンシナティWSの録音(Klavier, 1991)が明晰そのものの演奏で理想的。

 

Stravinsky: Symphonies of Wind Instruments

Stravinsky: Symphonies of Wind Instruments

 
Emblems

Emblems

 

 

*1:念のため、伊福部昭の言を参照しておきます。ロマン主義の否定~ - 伊福部昭公式ホームページ-暫定版-

*2:多彩な音色が併存し/発散する響きを作る管(打)楽器のみの編成は時代の流行でもあり、少し遅れてヴァレーズが『アンテグラル』Intégrales (1923)、『オクタンドル』Octandre (1923)、『ハイパープリズム』Hyperprism (1922/rev.1923)といったnotableな作品を書き、新古典主義を吸収したフランスやドイツ語圏を中心に管楽合奏は重要なジャンルになっていきます。ミヨーの室内交響曲第5番 Op. 75 (1922) やプーランクの『フランス組曲』(1935) 、ニコライ・チェレプニンのソナチネ Sonatine für Bläser, Pauken und Xylophon, Op. 61 (1935) 、 ヒンデミットやヴァイルの作品、クルシェネクの管打楽器のための交響曲 Op. 34 (1924-25) 、『小さな管楽音楽』Kleine Blasmusik Op. 70a (1931) 、あとはフランスで学んだカゼッラの『序奏、コラールと行進曲』Introduzione, Corale e Marcia (1935) 、のちにフランスを目指すプロコフィエフの序曲(アメリカ序曲)Op. 42 (1926) 、ショスタコーヴィチスカルラッティの2つの小品』(1928) など。とくに協奏的作品や声楽作品(の伴奏)が目立ち、ヒンデミットやヴァイルの例のほか、マルティヌーのチェロ・コンチェルティーノ H.143 (1924) 、イベールのチェロ協奏曲 (1925) 、コリン・マクフィーのピアノと管楽八重奏のための協奏曲 (1928) 、バルトークピアノ協奏曲第2番第1楽章 (1931) 、シュルホフの弦楽四重奏と管楽合奏のための協奏曲 (1930) 、オネゲルの『ダヴィデ王』Roi David 初稿 (1921) や『雅歌』Le Cantique des Cantiques (1937) 、ファリャ『世界大劇場』El gran teatro del mundo (1927) 、マルティヌーの『野外のミサ』Field Mass, H. 279 (1939) などが挙げられます。

*3:どちらも管楽器主体の伴奏による合唱曲。ひたすら美しい瞬間が続くヘレヴェッヘ指揮の盤(Pentatone, 2009)を強く薦めます。

*4:テンポの変化は数学的に厳密に定められていますが、聴くにあたってはどうでもいいことです。『春の祭典』の複雑なリズムがブーレーズのいうように緻密な操作でできていることもふだん意識はしないのですし。

*5:『ピアノと管楽器のための協奏曲』(1924/rev.1950)も収録されています。その他、ストラヴィンスキーの主要な管楽合奏作品を集めた一枚として推薦できるのがスウェーデンWE盤(Nilento, 2017)。バンドのための『サーカス・ポルカ』は、別人が編曲者としてクレジットされてはいますが、実際の仕事は作曲者監修のもとでのピアノスコアの楽器配置(ランサン『マンハッタン交響曲』や團伊玖磨『行列幻想』と同様)で、ストラヴィンスキー唯一の狭義の吹奏楽作品と言えます。

*6:なので、時期の近い調性的な作品、『室内交響曲第2番』や『コル・ニドレ』とは少し性質が違うとも言えそうです(後者は調性が同じこともあってかなり近い響きが聴かれますが)。『主題と変奏』と似た経緯で作曲されたのは亡命直後の『組曲Suite for String Orchestra で、こちらは作曲技法の解説にも使われていたようです――著書『作曲の基礎技法』を読んでもわかりますが、教育者としてのシェーンベルクが教えていたのはむしろ伝統的な技法でした。

*7:15楽器のうち10が管楽器。ピアノとヴァイオリンを13管楽器が伴奏するベルクの『室内協奏曲』、ヒンデミット、ヴァイルの作例までの距離はごくわずかですし、新ウィーン楽派の精神的師匠であるマーラーには、『真夜中に』Um Mitternacht『少年鼓手』Der Tamboursg'sell という管楽器主体の伴奏による歌曲があります(ベルク『室内にて』Im Zimmer (1907/1928) も同様)。純粋に管打楽器だけの作品ではウェーベルンの『6つの管弦楽曲』op. 6 (1909/rev. 1928) 第4曲があてはまります。

*8:二管編成のパレットの不自由さに不満を述べて、バッハ編曲などで6本のクラリネット属を動員したり、歌曲Op. 22-1でBb管クラリネット6本のユニゾンを吹かせているように、種類/数ともに管楽器がたくさんある編成自体には以前から可能性を覚えていたのだろうと思います。

*9:順次進行の多さや音域選択を見ると個別のパートへの要求は多少抑えられているような気配もありますが。

*10:一応確認しておくと「無調」自体はシェーンベルクの専売特許でも何でもなく、マーラーR.シュトラウス、フランスではドビュッシーラヴェル、ロシアのスクリャービンポーランドシマノフスキフィンランドシベリウス(cf. 交響曲第4番)、イギリスのホルストなど、同時代で無調的な響きを取り入れた作曲家はたくさん挙げられます。

*11:ハートレー作品はフェネル/EWE(Mercury, 1959)、ハービソン作品はバッティスティ/ニューイングランド音楽院WE(Centaur, 1994)、リンドベルイ作品はフォーリー/アメリ海兵隊バンド(Altissimo, 2006)を推薦。ほかにも、管楽器作品の多いハートレーには『シンフォニア第4番』(1967)など多数の吹奏楽曲があり、ハービソンも『オリンピック・ダンス』(1996)などの作品を書いています。

*12:わかりやすいところでは、ネリベルの音楽であったりチャンスの『呪文と踊り』のような音楽はストラヴィンスキーなしでは存在しなかったでしょう。

*13:十二音技法をアメリカ流/新古典風に消化したレイサムの『ドデカフォニック・セット』Dodecaphonic Set (1967) などは周辺的な存在ですし、H.O.リードの『ルネサンスRenascence (1959) のように十二の半音からなる音の連なりを取り入れた作品となると、特別に影響元をシェーンベルクの名前に帰することは難しいでしょう。

*14:フサの『プラハ1968年のための音楽』(1969)、クルシェネクの『ドリーム・シークエンス』Dream Sequence, op. 224 (1975)と、この時期にはヨーロッパからの移住組が音列技法を取り入れた力作を書いてもいます。

*15:ただし『若人の歌』(1964) の緩徐部には半音階的な「濁り」が若干含まれているように思います。

*16:弟子であるマイケル・ティルソン・トーマス指揮の盤(Argo/Decca, 1995)で代表作が総覧できます。