27-28. A.リード:アルメニアン・ダンス / オセロ

アルフレッド・リード Alfred Reed (1921-2005) の唯一の単著に、"Balanced Clarinet Choir" (1955) があります。一言で言えばバンドにおけるコントラバスクラリネットの必要性を説く本ですが、コントラバス音域の楽器が和音を支える重要性を述べるにあたって、オーケストラにおけるコントラファゴットやチューバの導入が例に挙げられています。またリードは、オーケストラにおける弦楽器セクションには、1. 最低音域から最高音域まで響きが均質に広がる、2. 「背景」となって管楽器の色彩を際立たせられる、という特徴がある、と説明して、バンドにおいて同じ役割を果たせるよう、大規模で低音を充実させたクラリネットセクションを編成するように提案しています*1

まだ30代前半、作品の出版が始まったばかりの頃の記述だということは割り引くべき*2ですが、リードがバンドのサウンドを組み立てるにあたって、オーケストラの書法を参考に考えていたというのは重要なことに思われます。各楽器の対比を強調する一方で*3、リードが前提としてバンドに求めていたのは低音から積み上げられ一つに結び付けられた、シンフォニックな響きでした。 

ワーグナーの音楽に精通していたというリードの作品は、シンフォニックであるとともにロマンティックな表現が根底にあります。初期は『ロシアのクリスマス音楽』Russian Christmas Music (1944/rev.1968) や『コラール前奏曲Chorale Prelude in E Minor (1953) のようにロマン派ほぼそのままの語法*4と、『ランバージャック(木こり)序曲』Lumberjack Overture (1954) やサクソフォンのための『バラード』(1956) のように放送業界時代に身に付けたとおぼしきアメリカン/ポピュラー音楽的な語法とを行き来しながら、『音楽祭のプレリュード』A Festival Prelude (1957) あたりを代表にすこしずつ典型的な「アルフレッド・リード」像が定まり、旋法的な和声*5やテンションコード・付加音、遠隔的な転調、リズミックな構成によって、ある程度新古典/アメリカナイズされながらもロマンティックな語法に軸を置く位置取りが見えるようになります。ハムレットのための音楽』Music for "Hamlet" (1971) や『オセロ』Othello (1977) 、『第二交響曲(1977) のような作品ではかなり深刻な曲調も見せますが、新古典的主義に立脚した作曲家たちがそうであるように抽象的な方向に進むわけではなく、感情の濃厚な、表出的なスタンスを崩すことはありません。

こうしたシンフォニック+ロマンティックな吹奏楽の扱いとしては、師であるジャンニーニはもちろんのこと、ハワード・ハンソン Howard Hanson (1896-1981) が重要な存在だろうと思います*6。記念碑的な『コラールとアレルヤChorale and Alleluia (1954) から力作の『ディエス・ナタリス II』Dies Natalis (1973) などが書かれた晩年までの時期は、リードが吹奏楽界で地位を確立していった*7過程と重なりますが、19世紀的な伝統に深く根差した語法と分厚いサウンドはリードたちとともに一種独特な位置を占めています。曲によってはかなりの数の録音がありますが、ひとまずボイド/フィルハーモニア・ア・ヴァン (Klavier, 2006) の作品集が不足のない演奏です。

 

リードは日本やヨーロッパを含め、現在に至るまで吹奏楽界では随一の人気を誇る作曲家で、押さえておきたい作品は無数にあります。どういうスタンスを取るかによってさまざまな選曲があると思いますが、一般的なリード像を把握するという意味で、堂々とした押し出しと屈託のなさとを両立させたアルメニアン・ダンス』Armenian Dances 全4曲 (1972/1975) *8と、深刻な曲調を表題的な設計のなかで昇華させた『オセロ』を挙げておきます。録音も個展CDから選ぶことにして、それぞれ、大井剛史/TKWO (ポニーキャニオン, 2016) 盤と金聖響/シエナWO (エイベックス, 2006) 盤を推薦*9エルサレム讃歌』Praise Jerusalem! (1987) などを収録したリード/大阪市音楽団 (フォンテック, 2005) 盤と併せて、ある程度リードという作曲家の輪郭は掴めるのではないかと思います。

リード!リード!!リード!!!

リード!リード!!リード!!!

 
Reed!×3(3)

Reed!×3(3)

 

*1:ここで念頭に置かれているのは言うまでもなく、ウィリアム・レヴェリ率いるミシガン大学バンドやハーディング/ハインズレー率いるイリノイ大学バンドに代表される、戦前から各大学で編成されていたような大編成の"シンフォニー"/"シンフォニック"バンドです。CBDNAの提案もそうですが、大編成バンドの楽器構成に関する議論が、スリムな編成を志向したEWEの活躍と同時期に行われ、同じように一種の「洗練」を志していたのは面白いと思います。

*2:直近のリードは放送業界やベイラー大学において、むしろオーケストラについてかなりの経験を積んでいたというのもあります。

*3:直接言及されているのは各木管楽器相互、あるいは木管金管との区分です。コルネットとトランペットの役割をはっきり分けるリードの手法は有名ですが、サクソルンセクションを分離する大陸ヨーロッパの流儀を思わせる "メロウ"(コルネットバリトン/ユーフォニアム、チューバ)・"ブリリアント"(トランペット、トロンボーン)・ホルンという分け方にも、オーケストラへの「特殊楽器」の導入で単一の音色でカバーできる音域が広がったように、低音から高音まで積み上げられた合奏体どうしを対比する態度が見てとれます。

*4:どちらもヨーロッパの伝統的な素材を下敷きにしているのも理由だとは思います。

*5:旋法とリズム両方の面において、交響曲第1番 (1952) の第3楽章からトゥリーナ『ロシーオの行列』の編曲 (1962) などを経て、第2組曲ラティーノ・メヒカーナ』Second Suite for Band "Latino-Mexicana" (1979) や『エル・カミーノ・レアルEl Camino Real (1985) につながっていくラテン趣味は重要そうです。

*6:そもそもイーストマン音楽学校学長として吹奏楽との縁は浅くないわけですが。ロチェスター大学創立150周年記念でEWEが初演したJeff Tyzik "Trilogy" (2000) はハンソン作品の動機を下敷きに、ハンスバーガー、ベンソン、サミュエル・アドラーに捧げられた3曲による組曲

*7:作曲家によっては、早い時期の出世作に演奏機会が集中し、後年の大作・力作が知る人ぞ知る存在になる例も少なくありませんが、リードの場合、(特に日本での)有名作品は円熟期の70年代以降に集中しているのが興味深いです。奇しくも「1968年」を経て、調性的な響きを許容したミニマル音楽が影響力を拡大し、デル・トレディチたちが「新ロマン主義」に突き進んでいくのと同時代でした。

*8:リードが初めて題名に wind ensemble の文字を掲げて(正確には "for concert band or wind ensemble")出版した作品で、いくぶん身の軽いサウンドを志向した形跡もあります。

*9:オテロ』の演奏単体では鈴木孝佳/タッドWS (WINDSTREAM, 2006) 、『アレルヤ! ラウダムス・テ』はフェネル/ダラスWS (Reference Recordings, 1993) がいい、とかはありますが。