08-09. スーザ:星条旗よ永遠なれ / ワシントン・ポスト

ヨーロッパにおいて、軍楽の概念は少なくともローマ帝国に、行進のための音楽は16世紀ごろまでさかのぼるそうですが、吹奏楽/管打楽器合奏には連綿と軍楽のイメージが付き添ってきました。

フランス革命を機に大規模な軍楽隊が組織され、ハルモニームジークが廃れた19世紀初頭以降その傾向はさらに加速し、南北戦争後のアメリカで民間のバンドが吹奏楽文化の大きな担い手となってからも、フェネルが管打楽器合奏を学術的に洗練させようとしてからも*1、行進曲というのは決して変わることなく吹奏楽レパートリーの大きな一部分であり続けています。現代の吹奏楽にとって行進曲は、過去からの呪縛であるとともに、歴史を構築して日の浅いジャンルが過去とつながるための重要なよすがでもあります。

管打楽器のための行進曲は、少なくともリュリの時代から綿々と残っています*2。現在マーチの古典的名曲と言われるものの多くは、各国の軍楽隊の編成が確立しはじめた19世紀中盤から20世紀初頭にかけて生まれており、特にアメリカのジョン・フィリップ・スーザ John Philip Sousa (1854-1932) は、ヨハン・シュトラウス2世が「ワルツ王」であるように、その作品と自らのバンドを率いた伝説的な活動によって「マーチ王」と呼ぶにふさわしい存在感を現代に至るまで放っています。スーザが自身の作品で採用した下の形式(作品によっていろいろと違いがあります)は、バグリー『国民の象徴』National Emblem (1902) 、ツィマーマン『錨を上げてAnchors Aweigh (1906) 、マッコイ『ライツ・アウト(消灯)』Lights Out (1905) 、ゴールドマン『木陰の散歩道』On the Mall (1923)『自由の鐘』The Chimes of Liberty (1922) といったアメリカマーチの数々にも影響しました。のちにはアメリカに限らずスタンダードな型の一つとして引き継がれています。

序奏→第一マーチ (first strain) →第二マーチ (second strain) →トリオ (trio strain) →間奏 (break strain / "dogfight") →トリオ→間奏→トリオ

スーザの歩み(の一側面)は、歩くマーチから聴くマーチへの移行だった、と言ってよさそうです。元来マーチは、舞曲の伝統的なスタイルにのっとってトリオを中央に置いた三部形式(「ダ・カーポ」形式)が基本で、これは主部→トリオ→主部→トリオ→主部…とずっと続けていけるためパレードなどの実用にも適している構成でした。しかし、後年スーザバンドの演奏会でも数々の演出を披露していたようなショーマンのスーザは、マーチを一つのドラマを持つエンターテインメントとしてより高めるため、トリオを静かに始めたあと後半を盛り上げてクライマックスを作り、そのまま終わる構成に移行していったと言われています*3。イギリスのエルガーウォルトンのマーチは三部形式のあとになってトリオの旋律が盛り上がるわけですが、そんなのはまだるっこしいということでしょうか。

ダ・カーポの廃止とともにスーザの確立したスタイルを特徴づけるのが、トリオにおける"break strain" の導入と大規模化です。初期から時期が下るにつれトリオの長さや表現の幅は拡大されていく傾向にあり*4、楽曲全体におけるトリオ部の比重は増していくことになります。スーザはオペラ/オーケストラ音楽にも浸って、『パルジファル』をアメリカ全曲初演の10年前に取り上げたような人で、スーザの作品における大規模になっていく "break strain" はオペラにおけるグランド・マーチとの共通点でもあります。

スーザのマーチというジャンルの代表作として星条旗よ永遠なれ』Stars and Stripes Forever (1896)を、騎馬リズム由来の6/8拍子によるマーチの代表としてワシントン・ポストThe Washington Post (1889) を挙げておきます。録音はなにしろ数が多いですし、同一録音の再発や曲目の組み換えも頻繁にあるなかで、進藤潤/航空自衛隊航空中央音楽隊の『アメリカ・マーチ・ベスト』(キングレコード、2005)を薦めます。スーザの作品はもちろん、ほかのアメリカマーチについても有名な作品をひととおり集めていて、バランスが取れている一枚だと思います。スーザだけで一枚なら、フェネル校訂の楽譜を中心に取り上げたジャンキン/ダラスWSの『ストリクトリー・スーザ』(Reference Recordings, 2001)も良い演奏。

興味があればシリーズものにも進んでみましょう。アメリ海兵隊が進めているマーチ全集プロジェクトは、スーザゆかりの楽団ですしネットで全曲公開されているのでレファレンスとして最適。

The Complete Marches of John Philip Sousa

ほかには吉永雅弘/陸上自衛隊第1音楽隊の「原典大全集」全10巻(日本クラウン、2000)もありますし、キース・ブライオンは、相当数あるマーチ以外の吹奏楽作品も含めた全集録音を進めています(NAXOSから発売)。楽譜のエディションや演奏法についてもいろいろトピックがあるようですがよく知らないのでパス。

 

アメリカ・マーチ・ベスト

アメリカ・マーチ・ベスト

 
Strictly Sousa

Strictly Sousa

 

*1:フェネルは11歳でスーザバンドの演奏に触れ、大学入学前に参加した音楽キャンプではスーザの指揮で演奏しています。彼がEWEで取り上げた作品のうち、ホルストの第一組曲などと並んでもっとも多く(8回)演奏した作品の一つが、11歳のとき聴いた『黒馬騎兵中隊』The Black Horse Troop (1924) でした。

*2:『王の軍隊の行進』Marche du Régiment du Roy (1671?) など。

*3:スーザが「アメリカのバンド音楽の父」と呼んだデイヴィッド・リーヴス David Wallis Reeves (1838-1900) の有名曲『コネティカット州兵第二連隊』Connecticut Second Regiment National Guard March (1876) などに先例があり、スーザの独創ではありません。

*4:形式に応じて "short trio"、"long trio" 、"extended trio" などと分類するようです。