12. アルフォード:ボギー大佐

軍楽隊がある場所には必ず行進曲があり、たいていの国の吹奏楽団のためにマーチが生まれています。作品の受容は演奏会用の音楽以上に国や軍楽隊の状況に依存することも多く*1、国を越えてレパートリーになるにはいくつか関門を越える必要がありますが、実際、アメリカやドイツ以外のマーチも確実に演奏機会が存在します。

その中で、鳴りつづける対位旋律が印象的なケネス・アルフォード Kenneth Alford (1881-1945) の『ボギー大佐』Colonel Bogey (1914) の名前を挙げたのは、ホルストやヴォーン=ウィリアムズの作品と同時代の軍楽隊発のレパートリーであること、世代や受容層を問わずに抜群に知られた「吹奏楽曲」であることからです。ちなみに、プリマス海兵隊バンドを指揮した本名のフレデリック・リケッツ名義の録音があり、歯切れのいい発音で揃えられた演奏には興味深いものがあります。

その他のアメリカ・ドイツ以外のマーチで、現在も知られたレパートリーと言えるものを思いつくままに列挙していくなら、アルフォード*2の『ナイルの守り』Army of the Nile (1941)『シン・レッド・ラインThe Thin Red Line (1908) 『後甲板にて』On the Quarter Deck (1917) 、デイヴィス『英国空軍分列行進曲』Royal Air Force (RAF) March Past (1918) 、フランスのガンヌ『勝利の父』Le Père la Victoire (1888)『ロレーヌ行進曲』Marche Lorraine (1892) 、ラウスキ『サンブル・エ・ミューズ連隊行進曲』Le Régiment de Sambre et Meuse (1879) 、ノルウェーのハンセン『ヴァルドレス』Valdres (1904) 、リーマンス『ベルギー落下傘兵行進曲』Marche des Parachutistes Belges (1946) 、オランダのウィヘルス『医師の行進曲』Mars der Medici (1938) 、ロシア/ソ連のチェルネツキー『モスクワに敬礼』Салют Москвы/Salute to Moscow (1944)『戦車兵たち』Марш танкистов/March of the Tankists (1943)、オーストリア*3ではJ.F.ワーグナー『双頭の鷲の旗の下に』Unter dem Doppeladler (1893) 、ボヘミアのフチーク*4『剣士の入場(雷鳴と稲妻)』Einzug der Gladiatoren (1899)『フローレンティナー行進曲』Florentiner Marsch (1907) 、というあたりでしょうか。

(基本的に吹奏楽用の)マーチを国際的に大づかみにするディスクとして、まずはフェネル/TKWOの一枚(キングレコード1984)を。収録曲は少なめですが、この手の企画に入っている定番曲はひととおり収められています。フェネルはEWEとも『海を越えた握手』の題名で同様のディスク(Mercury, 1959。CDではアルバム "Marching Along" を併録)を作っていて、まとまった音作りが印象に残るTKWOに比べてこちらの張りのある演奏を好む向きもあると思います。

同じようなコンセプトのディスクは多数あって*5、演奏団体や選曲の好みで選んでいただければいいと思いますが、新しめのなかでは、定番と珍しい曲をバランスよく配した武田晃/陸上自衛隊中央音楽隊*6の『アーネム』(フォンテック、2017)と、編曲ものもある程度含みますがかえって各国の気質はわかりやすそうなヨハンソン/スウェーデン王立空軍軍楽隊『ストライク・アップ・ザ・バンド』(NAXOS, 2004)を推薦しておきます*7

アーネム ベスト オブ マーチ3

アーネム ベスト オブ マーチ3

 
The Music of Kenneth Alford

The Music of Kenneth Alford

  • アーティスト:Kenneth J. Alford
  • 出版社/メーカー: Chandos
  • 発売日: 1992/10/28
  • メディア: CD
 

*1:演奏会用の作品には国境がないというわけではないですが。

*2:興味があればメイソン/王立海兵隊バンドによる行進曲全集 (CHANDOS, 1975) もどうぞ。

*3:よく取りあげられるシュランメル『ウィーンはいつもウィーン』Wien bleibt Wien! (1877) のオリジナルは吹奏楽でないということで、コーツ『ナイツブリッジ行進曲』『ダム・バスターズ行進曲』サン=サーンスフランス軍隊行進曲』あたりとともに除外。

*4:ヤルヴィ/ロイヤルスコティッシュ・ナショナルOの管弦楽作品集 (CHANDOS, 2015) はこの作曲家をオーケストラ音楽の文脈と繋げられる良いディスクです。

*5:今回はマーチというジャンルをアメリカ(行進系)/サーカス/ドイツ/世界(ヨーロッパ)と分けてきたわけですが、スーザ/ゴールドマン他/サーカス/世界(ヨーロッパ)と分けてなぜかアルフォードを複数アルバムに分散させているフェネル/EWE、アメリカ/ドイツ/イギリス/世界と括ってヨーロッパ以外にも目配りしている自衛隊、という視点の違いも面白いです。

*6:自衛隊関連では、同じシリーズをすでに複数推薦しているので控えましたが『世界のマーチ・ベスト』(キングレコード、2005)もなかなか聴けない作品を収録しています。例えば吹奏楽史的に重要なトルコのメフテル(この盤では西洋楽器に編曲されていますが)など。

*7:主旨からは外れますがブルジョワ/アメリ海兵隊バンド『サウンド・オフ!』 (Altissimo他, 1992) も"2枚目"にぜひどうぞ。