13. バーバー:コマンド・マーチ

交響曲第1番 (1936) や『弦楽のためのアダージョ』(1937、弦楽四重奏曲第1番から編曲) で若くして名声を得ていたサミュエル・バーバー Samuel Barber (1910-1981) は、開戦後の1942年に陸軍航空隊(のちのアメリカ空軍)に入隊*1、兵役と強く結びついた作品として、交響曲第2番 (1944/rev.1947) と、この『コマンド・マーチ』Commando March (1943) が書かれています。

演奏機会ははるかに少なくなりますが、同時期に書かれてショートスコアのみが現存している『葬送行進曲』Funeral March (based on the Army Air Corps Song) という作品もあります*2。いずれにせよ、戦時中というのはあるでしょうが吹奏楽とマーチの強い結びつきを物語っているジャンル選択のように思います。ワーグナーブルックナーチャイコフスキーサン=サーンスプッチーニショスタコーヴィチなど、吹奏楽のためにマーチ「だけ」書いている有名作曲家は割といて*3、マーチに準じる舞曲系・式典系の音楽も含めるなら相当な数になります。

作品自体は、三連符の特徴的なリズムを軸に、伸びやかな旋律を歌う主部、中間部の落下傘か爆弾が落ちるようなトロンボーングリッサンド*4と、親しみやすくもきりりとしたコンサートマーチに仕上がっています*5。極力楽器を重ねないオーケストレーションも、スマートな響きに一役買っているでしょう。

比較的振れ幅の大きい作曲家で*6、「新ロマン派」というラベルを素直に呑み込めない作品も多いのですが、この作品は基本的にはロマン派の表現を引き継ぎながら、抜けのいい響きや、ときに見せる鋭角的な構造には新古典主義を通ってきたことがうかがえます。こうした作風は同世代のアメリカの作曲家ではやや主流から外れたところにありますが、もっと下の世代の作曲家たちにとってのモデルの一つになっているでしょうし、のちの吹奏楽作品の展開にも通じるものがあると思います。

その由来ゆえかやはり空軍がらみのバンドが多く録音しています。ラング/アメリカ空軍ヘリテージ・オブ・アメリカ・バンド (Altissimo, 2008) の演奏は作品のかっこよさをよく表現していると思います。空軍関係の曲を集めたレインデッカー/アメリカ空軍コンサートバンド (Altissimo, 2003) 盤もいいですがちょっと重く感じるかもしれません。

United States Air Force Heritage of America Band: Early Light

United States Air Force Heritage of America Band: Early Light

  • 発売日: 2011/05/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

*1:同じ時期にグレン・ミラーも陸軍航空隊に入隊していて、『セント・ルイス・ブルース・マーチ』などにつながっていきます。A.リードも陸軍航空隊で吹奏楽に出会っていますし、探せば同じような例がいろいろありそうです。

*2:Peter Stanley Martin が吹奏楽譜に起こしたものが今年初演・出版されるそうです。Robert Cray による吹奏楽配置バージョンは "Air Force Dirge" というタイトルで、空軍ヘリテージ・オブ・アメリカ・バンド United States Air Force Heritage of America Band の録音 (2000s) があります。

*3:日本では国体などのためのマーチのみ、という作曲家がかなりいます。

*4:スーザ『自由の鐘』とか、ゴールドマン『木陰の散歩道』とか、トリオで「飛び道具」が出てくるマーチを連想します。

*5:スーザやゴールドマンなど、これまでの吹奏楽を前提にしたマーチ(の多く)がなんだかんだ言いながらもまだ「歩けた」のに対して、歩行のイメージがより抽象化されています。

*6:大ざっぱに概観するなら、ヴァイオリン協奏曲 (1939) のあたりに尖った作風への転機があると見ていいでしょう。