10. フィルモア:サーカス・ビー

吹奏楽やマーチはとかく軍隊と結びつけて語られやすい分野ですが、必ずしも軍楽と直接結びつかない領域にも相応の歴史が存在しています。フランスの影響でアメリカに普及したバルブ付きの金管楽器やイギリスから来たキイ付きビューグルは19世紀前半から各地でバンドの形成を促しましたし、南北戦争終結後にはパトリック・ギルモアPatrick Gilmore (1829-1892) *1や、その次の世代のスーザに代表される、いわゆる「バンド音楽の黄金時代」が訪れました。バンドは民間の娯楽において大きな存在となり、19世紀末にはプロフェッショナル・アマチュア合わせて推計1万以上のバンドが活動していたといいます。スーザの場合も、軍楽隊に所属していた時期は必ずしも長くはなく、彼があれほどの名声を築くには自ら設立したスーザ・バンドでの活動が欠かせませんでした。彼の作品の時点で、実用を意識したマーチから鑑賞用への移行が始まっているのは前にも書いたとおりです。

レパートリーの観点から見ると、この時代に吹奏楽のために書かれた作品でいまも顧みられるのはマーチが大部分を占めるわけですが*2、軍隊行進の流れを汲むマーチと並行して生み出されていったのがいわゆるサーカス・マーチ、「スクリーマー」です。

一大娯楽であったサーカスは、各地に存在したブラスバンド吹奏楽団と結びついて、大量の作品が書かれることになります。軍楽と距離の近いマーチとの区別として、速いテンポ、シンコペーションなどのリズムの遊び、技巧的なパッセージの多用などの特徴が一応ありますが、膨大な例外がありますし、行進系のマーチとの相互乗換えもよく起こっていて*3定義は曖昧です*4

『サーカス・ビー』The Circus Bee (1908) などを残したこのジャンルの代表的存在のヘンリー・フィルモア Henry Fillmore (1881-1956) も、のちには同じ様式でありながら用途はサーカス以外の場、という作品があります。フィルモア自身の人生もサーカスバンド以外での活動の比重が大きいですし、トロンボーンをフィーチャーしたラグタイム風の "Smear" 群*5や、ハロルド・ベネット名義で発表した『ミリタリー・エスコート』Military Escort (1923) のような行進向けのマーチでも名前を残しています。

『サーカス・ビー』を選んだのは、このジャンルの代表的な作曲家の、初期のシンプルな作品という理由(あとは題名も)からで、この作品以外でも、フィルモアの『ローリング・サンダー』Rolling Thunder (1916)『アメリカンズ・ウィー』Americans We (1929)*6『ヒズ・オナー』His Honor (1934) 、カール・キングの『バーナムとベイリーのお気に入り』Barnum and Bailey's Favorite (1913)『メロディー・ショップ』Melody Shop (1910)『インヴィクタス』Invictus (1921) 、クローア『ビルボードBillboard (1901)、ドゥブル『ブラヴーラ』Bravura (1918) 、ジュエル『スクリーマー』The Screamer (1921) 、バーンハウス『シャイローの戦い』Battle of Shiloh (1888/1928)といったサーカスマーチの代表曲と入れ替え可能です。

現在有名なサーカスマーチの多くは19世紀末以降、スーザが自身のスタイルを確立したころよりあとに書かれており、前の世代より凝った書法の作品が散見されます。フィルモアの『アメリカンズ・ウィー』や『ヒズ・オナー』、キングの『メロディー・ショップ』といったあたりの手数の多い作品におけるアイディアは、後世の速いテンポのマーチにかなり通じるところがありそうで、いまではそのあたりも聴きどころになります。

録音としては、サーカスマーチをまとめて収録した好企画、フェネル/EWE (Mercury, 1962) の覇気のみなぎる演奏で聴きましょう(現行のCDではもう一枚のマーチ集 "March Time" と併せて再発されています)。ただし収録されていない有名曲もいくつかあり、この曖昧なジャンルの輪郭をつかむには数を聴くにしくはない、ということで、アメリカの軍楽隊の演奏を集めたコンピレーション盤 (Altissimo, 2013) も挙げておきます。

Screamers & March Time / Circus Marches

Screamers & March Time / Circus Marches

 
Under the Big Top

Under the Big Top

 

*1:ギャルドの影響でサクソフォンアメリ吹奏楽に導入した人物でもあり、行進曲『名高き第22連隊』Famous 22nd Regiment March (1874) や、愛唱歌『ジョニーが凱旋するとき』When Johnny Comes Marching Home の編曲 (1863) などで有名です。もっと前の世代のバンドリーダーでは、金管バンドの流行に逆らって海兵隊バンドに木管セクションを残したフランシス(フランチェスコ)・M・スカラや、ニューヨーク州兵第7連隊 7th Regiment of the New York National Guard を率いて『ワシントン・グレイス』Washington Grays (1861) を書いたクラウディオ・S・グラフラなどがいます。

*2:実際にはワルツであったりギャロップであったり各種ポプリであったりが相当数書かれています。

*3:フチークの『剣士の入場(雷鳴と稲妻)』やクローアの『ビルボード』は事後的にサーカスマーチとして扱われていますし、ドゥブル『ブラヴーラ』は長らく航空自衛隊の公式行進曲として使われていました。ところで軍楽には突撃行進曲 pas de charge / sturmmarsch / double-quick step という概念もあるそうです。

*4:同じく高速の二拍子に基づくギャロップとの弁別もはっきりせず、ジュエル『オールド・サーカス・バンド』Old Circus Band (1922) などは両方の名で呼ばれます。アンコールピースとしてよく取り上げられるリード『第一組曲』の第4楽章「ギャロップ」は、サーカスを象徴する楽器であるカリオペ(蒸気オルガン)の模倣を含みます。

*5:『ラッサス・トロンボーンLassus Trombone (1915)、『シャウティン・ライザ・トロンボーンShoutin' Liza Trombone (1920) など。

*6:この曲は歩けるテンポでの演奏も多く、知る限り一番遅いレインデッカー/アメリカ空軍バンドの演奏とグリモ/アメリカ空軍アカデミーバンドの演奏ではタイムが約1分違います。