22. ネリベル:2つの交響的断章

新古典主義の子、ということではチェコ出身のヴァーツラフ・ネリベル Václav Nelhýbel (1919-1996) も例外ではありません。チェコ時代やアメリカ移住直後の作品を聴く機会がないのは残念ですが、吹奏楽の分野で名声を確立した1960年代前後の作品を聴くと、鋭角的なリズムや即物的な音色、簡明な構造は、博士論文の題材として選んでいたストラヴィンスキーの音楽につながり、シンプルな旋法的表現は、幼少期にオルガンや合唱に触れていた彼の音楽的なルーツであるバロック期までの音楽や、やはり研究対象にしていたスラヴ民謡に接続します*1

セクションやパートを分離させてブロック状に動かす書法であったり、短い動機を重ねるリズミックな構成は、50年代の新古典的な吹奏楽作品と共通している特徴ではあります。しかしネリベルの場合、短旋法や半音階的な音使いを多用して響きの厳粛さが増していること、和音の付属しないユニゾンの比重が大きくなり独立した線を強調していること、よりコントラストがきつく直接的な音色を好んでいることによって、さらに強烈なサウンド*2を生むことになります。

加えて特徴的なのは打楽器の用法で、ユニゾンのパワフルな線に対して、しばしば打楽器のリズムがむき出しで対峙しますし、『2つの交響的断章』Two Symphonic Movements (1969) に典型的に見られる鍵盤打楽器の活用はかなり新鮮な響きがします。吹奏楽編成ではどうしても手薄になる高音域を埋め、さらに管楽器に対してレイヤードされた響きとして存在できる鍵盤打楽器(特に金属系)の重用は、吹奏楽の音色の可能性を大きく開いたと言えるでしょう。

ブラフネク/TKWOの盤 (日本コロムビア, 2013) はネリベルのイメージを確立した『2つの交響的断章』『交響的断章』Symphonic Movement (1965) 『フェスティーヴォ』Festivo (1967)アンティフォナーレ』Antiphonale (1971) をまとめて収めており、録音とともにネリベルへの入門として強く勧められます。

この作品群は前述のとおり1960年代後半あたりに集中しており、これ以前で遡るのが容易なのは、初めてアメリカのバンドのために書かれ、素朴に旋法的な『ボヘミア組曲Suite from Bohemia (1964) や、レヴェリとミシガン大学バンドのために書かれ、典型的な作風がすでに確立された『トリティコ』Trittico (1963) *3までですし、もっと以降の作品は未出版作品や録音入手の難しい作品が増え、その存在感に比してネリベル作品の全貌はまったくつかめないままでいます。

吹奏楽作品におけるソリッドな音色感はネリベルの生涯を通じて変わりませんでしたが、後年の作品はホモフォニックな構造や、半音階的要素・長旋法の要素が増えて響きのバラエティは広がっていきます。出発点としてはブラフネク盤の選曲を中心に、大作『復活のシンフォニアSinfonia Resurrectionis (1983) などを収録したフェネル/TKWOの盤 (佼成出版社/1997) や、汐澤安彦/東京アカデミックWOや兼田敏/東京佼成吹奏楽団などの演奏を収録したコンピレーション "ウインド・スタンダーズ Vol. 2 : マクベス&ネリベル・コレクション" (東芝EMI、1998) から聴く範囲を広げていくといいと思います。 

復活のシンフォニア

復活のシンフォニア

 

*1:ネリベルは1960年前後に対位法や和声などの解説レコードを出していて、ソナタ形式の作例を見ると、古典派風の反復される伴奏音型がほとんど現れずポリフォニックな組み立てになっているところにやはりネリベルの指向を見ることができます。

*2:ネリベルがオルガンに親しんでいたことも影響しているでしょうか。

*3:フェネル/ダラスWS (Reference Recordings, 1993) の鮮烈な演奏を推薦。