ロン・ネルソン Ron Nelson (1929-) は世代としてはチャンスやマクベスに近いころの人で、『ロッキー・ポイント・ホリデー』Rocky Point Holiday (1966) も彼らの試みと並行して書かれた作品ですが*1、この時期塗り替えられはじめていた吹奏楽の音色のパレットのなかでも並外れて清新なサウンドが生まれており、90年代以降の作品と比べてもまったく古びたところがありません。
その後はしばらく期間が空き*4、80年代末から90年代にかけてが、ネルソンが特に積極的に吹奏楽作品を提供していた時期になります。『ロッキー・ポイント・ホリデー』の路線を汲む輝かしい『アスペン・ジュビリー』Aspen Jubilee (1988) や『ソノラン・デザート・ホリデー』Sonoran Desert Holiday (1994) 、ダークでドラマティックな*5『パッサカリア』Passacaglia, Homage on B-A-C-H (1993) や『エピファニーズ』Epiphanies, Fanfares and Chorales (1994) 、静謐な抒情をたたえた『シャコンヌ』Chaconne, In Memoriam… (1994) や『パストラーレ』Pastrale, Autumn Rune (2006) と作品の性格にも幅が生まれます。ただしどの作品も基本的に調的な中心は明瞭で、親しみやすさはつねに確保されているのは付言しておくべきでしょう*6。
『パッサカリア』は作曲賞を総なめにし、技術的なハードさに比して演奏頻度もある程度確保されている、名実ともに代表作と言っていい一曲です。10分をかけて暗から明へ音楽がシームレスに移行していく全体設計に合わせ、微細に書き込まれた線が堆積していく序盤の重いサウンドから、高音打楽器を加え、徐々に短音を増やして濁りを薄れさせていく中盤、そして『ロッキー・ポイント・ホリデー』と同様に素早い動きで空間を埋め、音量的なクライマックスと見通しの良さを両立させる終盤と、計算された音響が展開します。この曲では特に各パートが細かく分割され、バンドが実質的にソロ楽器の集合体として扱われているのも、サウンドの繊細な操作を可能にしているでしょう。
ディスクはジャンキン/ダラスWS (Reference Recordings, 1996) から入りましょう。技術的な余裕に輝かしいサウンド、明晰な録音が揃った理想的な一枚で、選曲もネルソンの世界を幅広く見渡すことができます。さらに掘っていきたい人はスタンプ/キーストーンWE盤 (Klavier, 2008) などをどうぞ。
Holidays & Epiphanies: Music of Ron Nelson
- アーティスト:Dallas Wind Symphony,Junkin
- 発売日: 1996/10/22
- メディア: CD
*1:吹奏楽分野に参入したのはフェネルとEWEに献呈された『メイフラワー序曲』Mayflower Overture (1958) が最初です。現在聴けるのは1997年に改訂されたバージョンで、どこまで手が加わっているのかはわかりませんが、『ロッキー・ポイント・ホリデー』よりは伝統的ながら明るく濁りの少ない響きが聴かれます。
*2:よく似た性格の作品である『ペブル・ビーチ・ソジャーン』Pebble Beach Sojourn (1994) では、オルガン・金管アンサンブル・打楽器という編成のなかで、透明な背景や、力強くも濁らない旋律を生み出せる楽器としてオルガンが活用されています。いくつかの吹奏楽作品でシンセサイザーを使っているのも同じ理由からでしょう。
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*4:この間の作品でも、『ロッキー・ポイント・ホリデー』委嘱のきっかけになった管弦楽曲を吹奏楽編曲した『サヴァンナ・リヴァー・ホリデー』Savannah River Holiday (1953/1973) 、古楽への抽象化されたオマージュであり、楽器法や旋法の繊細な扱いを存分に堪能できる『中世組曲』Medieval Suite (1982-1983) は重要作です。
*5:合唱と吹奏楽のための『テ・デウム・ラウダムス』Te Deum Laudamus (1992) もここに入れられると思います。
*6:不確定性による音群技法を軸にした異色作 Resonances I (1991) も全音階的な響きを前面に出していますし、かなり半音階的な『パッサカリア』や『エピファニーズ』も、基礎になっているのはどちらもCを主音とする八音音階です。 付加音や長旋法を活用する「ホリデー」系の作品群の音使いは吹奏楽ジャンルではある種典型的ですが、オーケストレーションの工夫が強い印象を生んでいます。