23. マクベス:マスク

ウィリアム・フランシス・マクベス William Francis Mcbeth (1933-2012) の吹奏楽作品リストは20代のころに遡ります。学生時代の作品の一つである『第二組曲Second Suite (1960) は、師であるC. ウィリアムズとの距離が近い、健康的に前進していく音楽ですが、先例と比較すると密に積み上げられた、重心の低い響きへの好みが聴き取れるように思います。

その後マクベスは、幅広く人気を博し一つの転機となった『聖歌と祭り』Chant and Jubilo (1963) *1を皮切りに、『マスク』Masque (1967) 、『神の恵みを受けて』To Be Fed By Ravens (1973) 、『カディッシュ』Kaddish (1975) といった代表作群を次々と生み出していきます。

比較的シンプルな扱いで力強く響く管楽器と、重要な一セクションとして推進力や多彩な響きを生む打楽器(金属系の楽器や、鍵盤打楽器の活躍が耳に付きます)を対比する書法であったり、短旋法への好み、標題においても音符上においても宗教的なモチーフをしばしば持ち込むことは、同時代のネリベルとのわかりやすい共通点です。ただし、マクベスの音楽の展開は和声進行にかなり重きが置かれていて、楽器法においても原色よりも混合色を好むのと合わせて、より19世紀的な伝統に深く根差しています*2

その作品群のほかにマクベスの名前を残したのがクリニシャンとしての活動で、特に1972年の著書『吹奏楽曲の効果的演奏法』Effective Performance of Band Music で提唱された、いわゆるサウンドの「ピラミッド理論」は大きく影響を与えました*3。このメソッド自体は絶対的なものではなく、マクベスも一部のレパートリーについての方策だと断っていますが、代表作を続々と生み出していたこの時期、マクベスはセクションを分離・対比する前世代に典型的な書法とは別に、バンドを「シンフォニック」な合奏体として統合し均一に響かせることについて考えていたのは確実です。

『水夫と鯨』Of Sailors and Whales (1990)、『空の無限の殿堂から』Through Countless Halls of Air (1993) といった、一見違った性格の後年の力作を見ても、音楽の作り方のぶれは少なく、重厚な塊として迫ってくるサウンドと表出的な書きぶりは一貫した武器となっています。それ以上に、マクベスの肉厚で隈取りの濃い表現が存分に生かされたジャンルとしては、師であるC. ウィリアムズのために書いた『カディッシュ』、C. T. スミスに捧げられた『彼らは柳の木に竪琴をかけた』They Hung Their Harps in the Willows (1988) 、ダラスWSの創設者であるハワード・ダンに捧げられた『このぶどうからのワイン』Wine From These Grapes (1993) といった一連の追悼曲が挙げられるでしょう*4

マクベスの作品にひとまず触れようとするなら、『マスク』『カディッシュ』『バッタリア』Battaglia (1965) の充実した演奏を収録したコンピレーション (東芝EMI, 1998) が出発点になると思います。グリモ/アメリカ空軍西部バンド (Altissimo, 1996) の盤は、デッドな録音が気になるところですが、初期から後年の作品までを幅広くカバーしておりマクベスの作風の軸がどこにあるのかを確認することができます。そこから先に進むためには、楽譜の出版元である Southern Music Company から出された、自作自演によるCD-R のシリーズ*5で網羅的に聴いていくことになると思います。

United States Air Force Band of the West: Heritage IV

United States Air Force Band of the West: Heritage IV

  • 発売日: 2011/05/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

*1:木村吉宏/広島WOの録音 "バンド・クラシックス・ライブラリー 2「アルヴァマー」"がオーソドックスなところだと思います。

*2:マクベス本人も、自分の作風をハンソンと同様の表現的な「ロマンティック」なものと定義して、抽象的に音を置いていく「クラシカル」なパーシケッティなどと対比しています。

*3:日本でも翌年に翻訳出版されています。77年には全日本吹奏楽コンクールのための課題曲『カント』Canto を提供しているのもよく知られているところです。

*4:友人だったチャンスマクベスの脂の乗った時期に亡くなっていますが、追悼曲が見当たらないのはある意味興味深いところです。

*5:初期の有名作は "Vol.1" を中心に、90年代前後の重要作は "Vol. 4" に収録されていますが入手容易とは言えないようで、この選曲を参考に、同社がYouTubeにアップロードしているのを聴いていくといいでしょう。