07. ヒンデミット:交響曲 変ロ調

パウルヒンデミット Paul Hindemith (1895-1965) は、ドイツ音楽の延長上から新古典主義(実際に使われるラベルとしては "新即物主義" ですが)を盛り立てた人、ということになるでしょうか。対位法への注力、機能調性からは離れているものの中心音は明確に残して調性との繋がりを保つ手法が特徴的で、ストラヴィンスキーとともにアメリカの楽壇との繋がりは小さくありません。

交響曲 変ロ調』 Symphony in B flat (1951) はアメリカに亡命していた時期、アメリカ陸軍バンドへの客演に際して(具体的な委嘱は受けずに)書かれた作品です。交響曲とはいっても十九世紀風の気宇壮大さとは距離を置き、がっちりした堅固な構成と書法が十数分に凝縮されています。作曲時期が近いところでは交響曲『世界の調和』Die Harmonie der Welt (1951) のダイナミックな鳴らし方と『管楽七重奏曲』(1948) の嬉遊的な運動を掛けあわせたような趣で、抒情性よりも音の動きにフォーカスした指向は、やはり管楽器合奏という形態から導かれたのでしょう。アメリカ時代の作品にしては抽象的な音楽を、管楽器の音色が近づきやすくしています。

ヒンデミットがオーケストラの楽器にひととおりソナタを書いた、様々な楽器の演奏に精通していた、という紹介はお決まりになっていますが(特にサクソフォンの経験があったことはこの編成に曲を書く助けになったように思います)、この作品での吹奏楽の扱いは、明快な音色の設計が効果を上げています。ヒンデミットによると陸軍バンドは100人以上の大編成を擁していたようです。音色のブレンドに心を砕くよりも各楽器の音色を生で扱い、分離性を優先させる扱い*1は、バンド編成の不確定さに対処するための手段だったのかもしれません。

録音は一気に聴かせてくれるアルベルト/メルボルン響 (CPO, 1993)を*2。やや「鳴らす」ことにウェイトを置いた演奏で、対照的にコンパクトな演奏としてグレアム/アメリカ空軍バンド盤 (Altissimo/Klavier, 2002) も挙げましょう。

ヒンデミットのもうひとつの重要な吹奏楽作品に*3吹奏楽のための協奏音楽(演奏会用音楽)』Konzertmusik fur Blasorchester, op. 41 (1926) があります。1926年のドナウエッシンゲン音楽祭*4という「現代音楽」の中心をもって任じる音楽祭*5のための作品で、同じ機会のためトッホ、クルシェネク、ハンス・ガル、ペッピング*6吹奏楽作品を書く大きな企画になりました(ドイツの軍楽隊編成に合わせてサクソフォンでなく円錐管金管を多く含みますが立派なバンド編成)。ロマン主義への反動が勢いづいていた時勢もあるのでしょうが、「実用音楽」Gebrauchsmusik をフィーチャーした企画に従って、どの作品も意図的に軽さを求めたような響きが横溢しています。エップル/ベルリン・ドイツ響 (Wergo, 2000) 盤にまとめて収録されていますが、ヒンデミット作品だけが目当てならハンスバーガー/EWE (Sony, 1989) を。

管楽器を生かした作品も多いヒンデミットには、ほかにもバンドに準ずる大きな管楽合奏のための作品がいくつかあります。管弦楽のための『シンフォニア・セレーナ』Symphonia Serena (1946) の第2楽章は管打楽器セクションのために書かれていて(第3楽章は弦のみ)、ベートーヴェンの速歩行進曲——パラフレーズGeschwindmarsch by Beethoven: Paraphrase と題されています*7。『ヨルク行進曲』とも呼ばれるベートーヴェン吹奏楽のための行進曲 WoO.18 を高音楽器が自由に装飾していく音楽で、わざわざ軍楽隊のレパートリーから題材を選ぶあたりに面白さを感じます*8

中規模アンサンブルのための『室内音楽』Kammermusik シリーズはどれも管楽器の比重が大きく*9、なかでも実質ヴィオラ協奏曲の第5番 op. 36-4 (1927) 、ヴィオラ・ダモーレ協奏曲の第6番 op.46-1 (1927) 、オルガン協奏曲の第7番 op.46-2 (1927) はどれも伴奏の弦楽器は低弦しか含みません*10。乾いた運動性が楽しめる秀作ばかりで、オルガンという管楽器が加わって響きのスケールが大きくなる第7番は特に聴きごたえがあります。アバド/BPO盤 (EMI, 1996/2000) を。

Hindemith: Orchestral Works, Vol. 4

Hindemith: Orchestral Works, Vol. 4

  • 発売日: 2010/10/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
 
Signatures: United States Air Force Band

Signatures: United States Air Force Band

  • 発売日: 2005/01/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

Kammermusic 1-7 / Der Schwanendreher

Kammermusic 1-7 / Der Schwanendreher

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMI Classics
  • 発売日: 2007/09/12
  • メディア: CD
 

*1:両端楽章のクライマックスでは聴き分け困難な高音木管の音の渦を作り、反対に集中すべき声部を把握しやすくしています。編成を変えれば『シンフォニア・セレーナ』や『世界の調和』交響曲の冒頭部分になります。

*2:エキストラについてのクレジットはありません。思えばヒンデミット/バイエルン放送響の自作自演もそうでした。

*3:オーケストラ、バンド、声楽のためのカンタータ Ite angeli veloces (1953) は一度音を聴いてみたいです。

*4:1923年にドナウエッシンゲンで初演された弦楽四重奏のための『ミニマックスMinimax, Repertorium für Militärmusik (1923) は、有名な『さまよえるオランダ人』序曲 (1925) と同様の趣向で軍楽隊を徹底的にネタにした作品。ヒンデミット第一次大戦への従軍時、軍楽隊で太鼓を叩いていたといいます。

*5:ここで取り上げられた、当時「先進的」とされたテーマ設定は興味深いところです。1929年の「ラジオ音楽」企画では、ヴァイルらの向こうを張るようなアイスラーの管楽伴奏のカンタータ『時代のテンポ』Tempo der Zeit が初演されています。

*6:それぞれ『遊戯』Spiel, op.39, 『三つの陽気な行進曲』Drei Lustige Märsche, op. 44, 『プロムナード・ミュージック』Promenadenmusik, 『小さなセレナーデ』Kleine Serenade 。豪華なメンバーで、さらにクルト・ヴァイルがいれば完璧でした。『ヴァイオリン協奏曲』Konzert für Violine und Blasorchester (1924)、『森に死す』Vom Tod im Wald (1927) 、『ベルリン・レクイエム』Berliner Requiem (1928)、『光の中のベルリン』Berlin im Licht (1928、この作品だけバンド編成)、『小さな三文音楽』Kleine Dreigroschenmusik (1929)という重要な管楽作品と近い時期ですし。『小さな~』はティルソン=トーマス/LSO (Sony, 1988) 、協奏曲はテツラフ盤 (Virgin, 1995) が鉄板。

*7:慎重な演奏もいろいろありますが、トルトゥリエ/BBCフィル (CHANDOS, 1993) ぐらい攻めると面白さがわかりやすいように思います。

*8:『交響的変容』で、ウェーバーの「中国風」の舞台音楽や家庭の音楽であるピアノ連弾曲を選んだのとは対極のようでもあり、「コンサートホールの外」という点では共通しているようでもあり。『七重奏曲』の「ベルン行進曲」Berner Marsch、『木管楽器とハープのための協奏曲』(1949) のメンデルスゾーン「結婚行進曲」と並べるとなにやらアイロニーを感じます。

*9:やや小ぶりですが同時期の室内オペラ『行ったり来たり』Hin und Zurück, Op.45a (1927) というのも。

*10:ヴィオラ協奏曲『白鳥を焼く男』Der Schwanendreher (1936) や『協奏音楽』 op. 48 (1930) も同様。中高弦を排した編成の理由は、ヴィオラ協奏曲群では独奏をマスクしないため、op.46-2ではラジオ放送という特殊な初演のシチュエーション(各声部を均等に扱えるほうが録音に都合がいい)ゆえでしょう。