トロンボーン奏者としてバンドに関わっていた大学時代、ティモシー・マー Timothy Mahr (1956-) はバンドの弱奏、その「美しさ」に気づかされたと語っています。このエピソードからは、彼がオストウォルド賞を与えられた2作*1、『空高く舞う鷹』The Soaring Hawk (1990)『エンデュランス』Endurance (1991) をはじめとする抒情的な作品群が自然な帰結のように思えます。
彼のバンド作品において、管楽器の音色感はソプラノをはじめとするサクソフォン群、ホルンやコルネット*2への愛着からうかがえるようにメロウに調和したものを指向していますが、そこにピアノを含む鍵盤打楽器や金属打楽器、人声を加えて拡張された音色のパレットによってこの時代らしいクールさが加わっています。旋法的な音選び*3や静的な和声進行を多用し、リズミカルな刻みよりもしばしばミニマル音楽を思わせる反復パターンを背景に配する彼の手法は、ピアノをフィーチャーした初期の Passages (1984) に始まり、先に触れた2作を経て『ソル・ソラーター』Sol Solator (1998) や A Quiet Place To Think (1999) などに至る一連の落ち着いた響きの作品を特徴づけています。
とはいえ彼の作品は静かなものばかりではなく、最初の出版作の Fanfare and Grand March (1980) や初期の人気作の『ファンタジア・インG』Fantasia in G (1983) 、後年の『エブリデイ・ヒーロー』Everyday Hero (2000)『空へ!』Into the Air!『ヘイ!』Hey! (2001)『ノーブル・エレメンツ』Noble Elements (2002) といった作品は力強い響きを持っています。ここではバンドは開放的に鳴りますが、シンフォニックに積みあげられ統合されたサウンドはあまりみられません。淡い背景に対して旋律的な動きがあたかも無関係のように配されたり、対位法的なテクスチュアでも面的に絡みあわせるのではなく各々の線を独立させるような配置を選んだりと、広大な空間を感じさせる書法によって、ダイナミックながらも独特の風通しの良さが感じられます。曲想に関わらず楽曲の構成はおしなべて即興的、ブロック的ですが、こうしたサウンドの個性が彼の作品をまとめあげています。
録音はボイセン/ニューハンプシャー大学WS盤(Mark Custom, 2003)で他の主要作品とあわせて触れるのがいいのではないかと思います(録音がややお風呂場気味ですが、これはこれでマーのサウンドに合っているかも)。他の作品については、マーが長年指揮者を務めてきたセント・オラフ大学バンドとの作品集(St. Olaf Records, 2010)を、それで足りなければ出版社チョス(Neil A. Kjos)や本人のSoundcloudで公開されている音源を聴くことになると思います。比較的個性が明確な作曲家ではありますが、個人出版社に拠点を移して発表されている近作、吹奏楽のための組曲 (2014) の第1曲や交響曲第1番 (2016) などではまた違った趣の響きが聴かれ、興味深い展開を見せています。