46. ギリングハム:ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス

シュワントナーの項でも書いたように、1980年代後半から90年代にかけてはバンド作品における打楽器、とくに鍵盤楽器や金属打楽器の活躍が大きく広がった時期ですが、デヴィッド・ギリングハム David Gillingham (1947-) はその潮流を代表する一人と言えるでしょう。

最初期作 Symphonic Proclamation (1977) や Intrada Jubilante (1979) の時点では打楽器の用法はまだ伝統的ですが、バストロンボーンとウィンドアンサンブルのための協奏曲 (1981) では中間楽章を筆頭に鍵盤打楽器が印象的な活躍を見せます。また彼は Paschal Dances (1984) を皮切りに打楽器アンサンブルの分野にも積極的に作品を提供し*1、その経験がバンド作品にもフィードバックされた結果、たとえば「管打楽器のための協奏曲」を謳った Cantus Laetus (2001) では三部構成の一つを完全に打楽器に任せ、楽器紹介的な性格の『センチュリー・ヴァリアンツ』Century Variants (2009) では第一変奏を打楽器に割りあてるような現在の「ギリングハム」が生まれたのでした。鍵盤打楽器や、90年代半ばから多用されているブレーキドラムについてはまさに彼のトレードマークとして語られることもあります。

楽器法については修士の指導教員だった Jere Hutcheson (1938-) *2とロマン派のオーケストラの影響が大きかったと語るギリングハムのオーケストレーションは、金管合奏の充実した響きを核にする手法が特徴的で、そこに(自身の楽器である)ユーフォニアムやホルンを際立たせて幅を持たせつつ、打楽器や木管楽器が多彩なソノリティと推進力を添える、という発想になっています。高グレードの作品においてはシンフォニックな聴感に対し音の重ねは総じてあまり厚くなく、十数名規模のアンサンブル(ただし打楽器の規模はフルバンド作品と同等)のために書かれた Serenade, "Songs of the Night" (1990) や『目覚める天使たち』Waking Angels (1996) でもサウンドの作り方は大きく変わりません。

自身の戦争体験を下敷きにしたベトナムの回顧』Heroes, Lost and Fallen: A Vietnam Memorial (1989) で大きなインパクトを与えたギリングハムは、環境破壊を扱った Prophecy of the Earth (1993) 、エイズの犠牲者に捧げられた『目覚める天使たち』、オクラホマシティの爆破事件を扱った『闇の中の一筋の光』A Light Unto Darkness (1997) 、ダイアナ妃、マザー・テレサ、ゲオルク・ショルティへの追悼曲である『心に宿る永遠の三日月』A Crescent Still Avides (1998) と、時事的でセンセーショナルな題材を取り上げた作品をつぎつぎと発表していきます*3。遅いテンポを基調に、構成要素を並列的に提示する導入—不協和で鋭角的なサウンドの急速部—長調の静かな音楽による救済、という「シリアス」さを打ち出した展開に、題材になった事件へのやるせなさを乗せるのがこれらの作品のコンセプトです。どの場合も主要な素材は既存の旋律―—多くはキリスト教的な文脈を持っています―—の引用をもとにしているのが明示され、不協和な響きも基本的には調性的な発想に歪みを加えて作られており、伝統との接点を強調して聴衆に届きやすいドラマが構成されているのが特徴的です。なお聖歌の旋律を展開させる作品は近作に至るまで彼の創作の一つの軸となっていますし、宗教的なモチーフは初期の Revelation (1983) や Chronicles (1984) に始まり、交響曲第1番『黙示録による幻想』Apocalyptic Dreams (1995) や交響曲第2番『創世記』Genesis (2007) 、『主こそわが望み』Be Thou My Vision (1999) といった作品では標題上の部分にも用いられます。

コロンバイン高校での銃乱射事件を背景にした And Can It Be? (2000) を最後に、ギリングハムはセンセーショナルな題材からは離れて*4、委嘱元の土地の歴史や、個人的な記憶といったよりインティメイトな出来事*5をインスピレーション源として取りあげるようになりました。題材にあわせて『ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス』With Heart and Voice (2001) にみられるように不協和な響きや複雑なリズムは減り、長調アレグロも採用されて、作品内のコンフリクトは抑制されるようになります。もっともこれ以前にも陽性のエネルギーを持つ『ギャラクティック・エンパイア』Galactic Empire (1998)『内燃機関Internal Combustion (1999) のような作品があり、宗教的な題材の『神の子羊Lamb of God (2001) や『神の導き』Providence (2003) はシリアスさを残しているように、変化は漸次的ではあったし、音楽の組み立て方そのものが変わったわけでもないのですが。

 

ギリングハム/フィルハーモニック・ウィンズ大阪盤(GreenMusic、2008)はライヴ当時の近作が軸ですが、より早い時期の作品も押さえていてギリングハムに触れるのに便利です。ここに含まれない有名作では『ベトナムの回顧』はコーポロン/シンシナティWS、『主こそわが望み』は Sniekers/Banda de Lalín (WMC2013ライヴ。World Wind Music、2013)、さらに最近の歩みをたどる一枚としてはホフスタッター/テキサス・エル・パソ大学シンフォニック・ウィンズ盤(Mark Custom、2012)が良いでしょう。

 

 

*1: 『黙示録の天使たち』Angels of the Apocalypse (2013) 、デニス・フィッシャーが編曲した『ピアノ協奏曲』Concerto for Piano, Percussion and Wind Orchestra (2002/2004)のように打楽器アンサンブルとバンドの両方で演奏される作品もあります。4打楽器のためのコンチェルティーノ (1997) はこの2つの編成の中間とでもいいましょうか。

*2:バンド分野での代表作『カリカチュアCaricatures (1997) はたしかに、広いパレットから少数の楽器を選び出して室内楽的に組み合わせていく楽器の用法が印象的です。

*3:同時期に『ローザのための楽章』A Movement for Rosa (1992)『夜を守る友よ』Watchman, Tell Us the Night (1994)『アイビー・グリーンの交響曲Symphony No. 3 "Symphony from Ivy Green" (1999) といったヒューマニスティックなテーマの作品を発表していたのがマーク・キャンプハウス Mark Camphouse (1954-) で、ピアノや金属打楽器の(こちらは控えめながら)印象的な用法や引用の活用も共通していますが、分厚く楽器を重ねたサウンドやおおらかな節回しは対照的なものです。

*4:ルワンダの太鼓』Drums of Rwanda (2014) という作品が書かれてはいますが。作曲時の時間的距離という点では『ベトナムの回顧』と同じくらい離れています。

*5:前者は Council Oak (2002) や『時の航海』Sails of Time (2006) 、後者は The Echo Never Fades (2011) The Song Shall Never End (2014) など。