29-30. ジェイガー:シンフォニア・ノビリッシマ / 交響曲第1番

ロバート・ジェイガー Robert Jager (1939-) の作風は手広く分布しています。一方の極には、後期ロマン派をはっきりと下敷きにした『ヒロイック・サガ』Heroic Saga (1982) や Epilogue: Lest We Forget (1991) があり、もうすこし20世紀的にすると、作者自ら「ネオロマンティック」を標榜するごく初期のシンフォニア・ノビリッシマ』Sinfonia Nobilissima (1964) や交響曲第1番 (1964) が続くことになります。他にも『第三組曲』(1965) *1『ジュビラーテ』Jubilate (1978) 、エスプリ・ドゥ・コール』Esprit de Corps (1983) *2、『ロード、ガード・アンド・ガイド』Lord, Guard and Guide (1987) といった、人口に膾炙しているジェイガー作品は基本的にここにプロットされると考えてよさそうです。

ここに挙がったのはどれも、基本的にロマンティックにくっきりした表情の音楽です。『交響曲第1番』にはショスタコーヴィチ(まだ存命だった)やプロコフィエフの影響がよく指摘されますし、『シンフォニア・ノビリッシマ』などの場合は新古典主義に触れたアメリカの先達たちとの接点があるのだと思いますが、どれも調性的な語法が基礎にあり、教会旋法や付加音・変化音、リズミックな要素を適宜加えることで同時代的な感覚を持ち込んでいます*3

もう少しグラデーションを進んでいくと、乾いた、あるいは不穏な響きが随所に聴かれる『ダイアモンド・ヴァリエーションズ』Diamond Variations (1968) や『ロベルト・シューマンの主題による変奏曲』Variations on a Theme by Robert Schumann (1970) 、交響曲第2番『三法印Symphony No.2 "The Seal of the Three Laws" (1976) 、モートン・グールドを引用した Eternal Vigilance (2008) といった作品が視界に入ってきます。抽象的な要素とポピュラリティがバランスして、ジェイガーの個性を代表できる作品群と見なされているのもここではないかと思います。

これがシンフォニエッタSinfonietta (1973) や『バンドのための協奏曲』Concerto for Band (1984) 、『打楽器協奏曲』Concerto for Percussion and Band (1990) になると、はっきりと新古典主義――擬古典という意味でなく――に寄り、情緒性から距離を置いて無機的な響きがさらに増すことになります。固定パルスも判別しにくくなり、抽象的な線による音響が全編続いていく『ザ・ウォールThe Wall (1993) がひとつの極北でしょうか。複調・副旋法や四度構成の固い響きの和音が増え、短いフレーズの組み合わせによって音楽が構成されるようになり、音の選択も、調性感の希薄な旋法や無調への志向が表に出てきます。

同時に、音楽が抽象的になるにしたがって楽器法はいちじるしく薄くなり、ソロ楽器の集積、アンサンブル的な性格が強くなってくるのは興味深いところです*4。結果的にではありますがそのシームレスな創作傾向によってジェイガーは、(アメリカの)吹奏楽界に存在するシンフォニック/ロマンティックな傾向とアンサンブル的/新古典的な傾向を橋渡しする存在と言うこともできそうです。一人の作曲家に複数のスタンスが併存すること自体は珍しくもなんともないのですが、書法の込み入った、奏者に多くを要求する作品で*ない*ほうが伝統的な語法に向かうという傾向がさまざまな場合で見られるのに対して、ジェイガーの創作(特に吹奏楽界での知名度が上がっていった60-70年代の)にはロマンティックな表現の大がかりな追求という一面があり、奏者への要求度とサウンドの性格が連関しないように見えるわけで、70年代からのA.リードへの注目の先駆けと考えることもできそうです。

 

ひとまず聴くには抜群の知名度を誇る2曲を。『シンフォニア・ノビリッシマ』は渡邉一正/大阪市音楽団盤 (東芝EMI, 1999) で聴きましょう。有名曲を押さえてジェイガーの作風を一覧でき、演奏も安心の出来です。交響曲第1番については、木村吉宏/大阪市音楽団盤 (東芝EMI, 1995) はこれを書いている時点では入手がすこし大変そうなので、なにわ《オーケストラル》ウィンズ盤 (ブレーン, 2017) を推薦します。

ウィンド・スタンダーズ(11) ロバート・ジェイガー作品集

ウィンド・スタンダーズ(11) ロバート・ジェイガー作品集

  • アーティスト:吹奏楽
  • 発売日: 1999/02/24
  • メディア: CD
 

 

ウィンド・オーケストラのための交響曲 Vol.2

ウィンド・オーケストラのための交響曲 Vol.2

  • アーティスト:木村吉宏
  • 発売日: 2009/04/22
  • メディア: CD
 

*1:『第二組曲』(1964) も同じカテゴリーだろうと思います。パーシケッティの著書『20世紀の和声法』を実作に応用するというコンセプトはパーシケッティの『仮面舞踏会』や、A. リード金管五重奏のために書いた『「ロンドン橋落ちた」による変奏曲』Variations on L.B.I.F.D. (1970) と共通ですが、この2つよりもジェイガーの作品はずっと耳に優しい響きがします。

*2:委嘱元のブルジョワ/アメリ海兵隊バンド (Altissimo他, 1992) から聴いてみましょう。色々なところに収録されて聴くことができますが、せっかくなので軍楽隊の演奏を集めたジェイガー作品集 (Mark Records, 2014) を。

*3:おおまかな方向はA. リードの場合と同じで、こうして生まれる響きは、影響関係があるのか結果的にかはわかりませんが劇場・映像音楽で多用されるサウンドと近く、「モダン」でありながら耳によくなじむ鳴り方をします。

*4:よく演奏される80年前後までの作品を見るかぎりの話ですが。その後は『勝利と伝統』Triumph and Tradition (1985) や『開拓時代の歌と舞曲』Colonial Airs and Dances (1986) のような明快な作風でも中音域が薄くなって各楽器の生の音色が聴かれることが多くなり、打楽器書法も最初やや伝統的だったのが、鍵盤打楽器を活用した透明な音色感が所々に見られるようになります。