02. ヴォーン=ウィリアムズ:イギリス民謡組曲

レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ Ralph Vaughan Williams(1872-1958)はホルストの終生の友人でした。ホルストによる『組曲』の10年ほど後に作曲された『イギリス民謡組曲English Folk Song Suite (1923) は、友人の『第二組曲』を意識したのかはわかりませんが、こちらも全編にわたって民謡を引用し、マーチを軸に作品を組み立てています。

ホルストの『組曲』が作曲の経緯や初演日時などに不明確な点が多い*1のに対して、『イギリス民謡組曲』は依頼者(王立軍楽学校)や初演についても情報が伝わっています。初演の際には4曲構成だったのが、出版社の意向で3曲構成で出版されることになり、第2曲の『海の歌』Sea Songs だけが別の作品として出版された、ということもわかっています。これもフェネルとEWEが初期に取り上げ、現在でも重要レパートリーとして扱われている作品ですが、同時代の作品群にどこか敬意に似た視線が向けられるのに対して、親しみやすさ、という点では随一かもしれません。

個性という点では、翌年のトッカータ・マルツィアーレ』Toccata Marziale (1924) *2のほうが強い存在感を持っているとも言えます。対位法が活用され、常に複数の動きが対比されて進んでいく音楽は、1950年代にアメリカで書かれた、各セクションがエネルギッシュに動き回る新古典的な作品群との共通性を感じさせます。

対して『イギリス民謡組曲』は、より19世紀の伝統と結びついた書法――指向を持たせて和声を連ねる思考法があり、それに従って和音を積み重ねて基盤とし、その上にメロディーを流すという流儀が通底している作品です。『海の歌』を組み入れて聴くと繰り返しが耳に付いて、さらにその退屈さと紙一重の堅固さ、着実さが聴こえてきます。

『第二組曲』とは共通する点も多い作品(あちらを今回100曲に選ばなかったのもそのためですが)の一方で、改めて並べて聴くと、その指向の違いがわかってくるのではないかと思います*3ホルストの『第一組曲』がスケールの大きい構築物を指向し、『第二組曲』には民謡の持つ野性味とでもいうようなものが見え隠れする、と考えると、いわゆる「国民楽派」の作風にも似て民謡を取り入れたロマン派の書法に踏みとどまっている、そんなあえて言えば「御しやすさ」「見通しの良さ」ゆえ、この曲は愛される作品としてあるようにも思えます。

録音はコーポロン/ノーステキサスWS (GIA Windworks, 2006)を推薦。『海の歌』や『トッカータ・マルツィアーレ』、他編成からの編曲なども含む作品集で、模範的な演奏が聴けます。『海の歌』を第2曲として取り上げる試みはなぜか日本の楽団が多く、一例としてなにわ《オーケストラル》ウィンズのすっきりした演奏 (ブレーン, 2005) を挙げておきます。

ちなみにコーポロン盤はかなり幅広い作品を収録していますが、ヴォーン=ウィリアムズ吹奏楽作品のなかでも、合唱と吹奏楽のために他作曲家の作品も含めて構成した『イギリスの心地よい大地』England's Pleasant Land (1938) の全曲録音や、未完作品の行進曲『黄金の虚栄』The Golden Vanity (1933/ 2007出版) の音盤はまだ存在していません。ホルストにもほとんど演奏・録音されない吹奏楽作品が存在しており、「古典」「基本」「定番」の外には、まだ未開の土地が広がっています*4

 

レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ作品集 Ralph Vaughan Williams - Composer's Collection

レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ作品集 Ralph Vaughan Williams - Composer's Collection

 
なにわ《オーケストラル》ウィンズ2005(通常版)

なにわ《オーケストラル》ウィンズ2005(通常版)

 

 

Military Band Music by Royal Norwegian Navy Band

Military Band Music by Royal Norwegian Navy Band

 

 

*1:どちらも作曲動機に関する確証はなく、『第二組曲』は1922年の演奏の記録があるものの『第一組曲』は1921年に出版されるまでの事情がすべて曖昧です。娘イモージェン・ホルストが推測する、1909年にロンドンの People's Palace で開かれた催しのための作品という説が本当なら、俗に言われる「ホールで演奏されるための最初(期)の吹奏楽曲」という形容の支えになるのですが。

*2:多楽章の『合奏協奏曲』の一部として構想されましたが、実現に至らなかったのは残念です。

*3:『イギリス民謡組曲』で使われた民謡のいくつかはグレインジャーも扱っているので、ここを比べるとさらに鮮烈な対比が感じられます。第1曲の『日曜日になったら17歳』Seventeen Come Sunday は合唱と金管合奏のためのバージョンが、第2曲の『緑の茂み』Green Bushes管弦楽のための大規模なバージョンがあります。

*4:この辺の事情は『バンドジャーナル』2018年8月号も参照のこと。