ex. 3人目のイギリス人...ゴードン・ジェイコブ

ヴォーン=ウィリアムズの弟子だったゴードン・ジェイコブ Gordon Jacob (1895-1984) は、師匠と近い時期*1吹奏楽曲を手掛けており、知名度ではどうしてもホルストやヴォーン=ウィリアムズに譲りますが、戦前イギリスではこの2人に並ぶ重要度の吹奏楽作家と考えることができます*2。6曲からなる『ウィリアム・バード組曲William Byrd Suite (1924) は、ルネサンス期のヴァージナル作品を、比較的原曲の形を残して編曲した作品で、これもフェネル/EWEが録音したレパートリーとして「ブリティッシュ・バンド・クラシックス」の殿堂入りしています。やや地味ながら丁寧に作られた作品。

『ウィリアム・バード組曲』は1923年初演の管弦楽曲がもとになっているので、その次の作品が、最初から吹奏楽を想定したはじめての作品ということになります。『オリジナル組曲An Original Suite (1928) という題名は出版社によるものだそうですが、いみじくもこの作品の立ち位置を現しています。師匠世代に倣ったのか民謡調(直接的な民謡の引用はありません)の節回しを持ち、マーチを取り入れた3楽章構成の作品で、ホルストよりは伝統的、ヴォーン=ウィリアムズよりは色彩豊か、と言えそうな立ち位置にあります。

20歳ほど歳の違うホルストやヴォーン=ウィリアムズは、ヴィクトリア朝時代に人格形成し、大英帝国の落日をうっすらと予感しながら、イギリスという「中心的」にして「辺境」の国での作曲家としての立ち位置を奮闘のすえに築いてきた世代にあたります。対して、若くして第一次世界大戦に従軍し重傷を負った世代のジェイコブは、先人が確立したイギリスの古楽や民謡の語法による作曲というスタンスをすでに所与のものとし、その枠のなかで技術を洗練させていったと考えると収まりがいいかもしれません。彼は管弦楽法の手練れとして有名で、「ゴードン・ヤコブ」の名前で邦訳された管弦楽法の著書は日本でも知られていますし、『第一組曲』、『第二組曲』、『イギリス民謡組曲』などを管弦楽編曲しています。ちなみにこれらの編曲は、原曲がいかに管楽器合奏の音色感に依存していたかを教えてくれる興味深いものです。

ジェイコブの作風の軸は全音階的・偽古典的なたたずまいにいくらか近代的なひねりを加えたもので、フランスの堅実な新古典主義者たちやプロコフィエフあたりに似た響きが多々聴こえる平明なものです。こうした作風によくあることで彼は多作だったうえ、管楽器合奏にも積極的に取り組み、小さいところはクラリネットファゴットのための4分ほどの二重奏 Duo (1975) や管楽十重奏(オプションを入れると十三重奏)のための『古いワインを新しいボトルに』Old Wine in New Bottles シリーズ (1958, 1978) 、大きいところでは吹奏楽金管アンサンブル+ティンパニのための30分ほどを要する『祝典のための音楽』Music for a Festival (1951) に至るまで、大量の作品が残っています。

ジェイコブの吹奏楽作品をまとめて聴くには、ひとまずコーポロン/ノーステキサスWSの2枚組 (GIA Windworks, 2008) が手っ取り早いでしょう。あっさりした録音が実際以上に作品のスケールをこじんまりさせている疑念は否めないところですが*3、入手しやすく、どれも作品の構造がしっかり聴こえる演奏なのは確かです。

また2枚組のボリュームがある選集とはいえ、東京佼成ウインドオーケストラ (TKWO) がエリック・バンクスと録音 (佼成出版社, 1991) している『バンドのための協奏曲』Concerto for Band (1970) や、録音はある (Brand/City Of London WE, LDR, 1988) ものの入手困難な『交響曲 AD78』(1978) など後期の重要作は入っていませんし、収録されていない作品を集めたらCD1枚に収まらないくらいあるのではないかと思います。

フェネル/EWEが『ウィリアム・バード組曲』しか取り上げていないとはいえ*41950年代にはアメリカで『オリジナル組曲』や『祝典のための音楽』がよく知られていたらしいので、決して軽視されているわけではないのでしょう。多作家の作品の全貌を知るのは難しいというごく当たり前の結論になりそうです。

Composer's Collection: Gordon Jacob

Composer's Collection: Gordon Jacob

  • 発売日: 2008/01/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

宇宙の音楽/剣と王冠

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*1:ほかのこの時代のレパートリーとして、フランク・ブリッジ『ロンドンのページェント』The Pageant of London (1911) とバートラム・ウォルトン・オドンネル Bertram Walton O’donnell『3つのユモレスク』Three Humoresques (1923) 、パーシー・フレッチャー『虚栄の市』Vanity Fair (1924) 、少し後ですがアイアランド (orch. Norman Richardson) Maritime Overture (1944) を挙げておきます。デュソイト William James Duthoit ――ウォルトン『クラウン・インペリアル』サリヴァン/マッケラス『パイナップル・ポール』組曲などの編曲で知られます――の編曲で広まったハイドン・ウッド『マン島Mannin Veen (1933/1937) も、楽譜に編曲クレジットがなかったため吹奏楽レパートリーとして受容されています。

*2:1981年に設立されたイギリス吹奏楽協会 (BASBWE) の初代会長も務めています。

*3:『ウィリアム・バード組曲』などはまだいいのですが、『オリジナル組曲』についてはボストック/TKWOのライブ (DENON, 2015) が段違いに豊かな響きの音楽になっているのを聴くと、他の曲にも手に入りやすい競合盤が欲しくなります。

*4:前身のイーストマン・シンフォニー・バンド時代には『オリジナル組曲』や『祝典のための音楽』も演奏していますが、EWEの録音開始にあたって重要作品として名前を挙げた『祝典のための音楽』はともかく『オリジナル組曲』をフェネルはあまり評価していなかったようです。