42-43. スウェアリンジェン:インヴィクタ / ノヴェナ

ジェイムズ・スウェアリンジェン James Swearingen (1947-) は作編曲家として以外にも、アメリカにとどまらず世界中で活動する客演指揮者・バンドディレクターとしての肩書を持っています。そのキャリアの始まりはオハイオの公立学校での器楽音楽の教師で、作品発表を続けながらその職を18年務めたあと、1987年以降の職場となったオハイオ州コロンバスのキャピタル大学での勤務先は音楽教育学科です。つまり彼が一貫して見据えてきたのはアマチュアを相手にした教育の現場であり、音楽界の・歴史上の晴れ舞台を目指す高踏的な「作曲家」のモデルはあてはまりません*1

 

他記事で言及したとおり、アメリカの低グレード吹奏楽作品の流れにおいてスウェアリンジェンの位置は出発点でも終着点でもありません。しかしながらエリクソン以来の急-緩-急の形を下敷きにポップさとダイナミックさを盛ったある意味隙のない作風は、メイン出版社であるバーンハウス社のブランドを改めて固め、その付属レーベルである Walking Frog Records から発売されたワシントン・ウインズの演奏の独特なサウンド・録音とともに、今に至るまで低グレード作品、部活動としての吹奏楽、ことによっては吹奏楽そのものの通俗的なイメージを規定しつづけています*2

ことにごく初期の作品である『ノヴェナ』Novena (1980) と『インヴィクタ』Invicta (1981) には、打楽器に支えられたシンコペーションのバッキングやモダンな旋法使い、随所の「グランディオーソ」なサウンドといった彼の典型的な手法を見てとることができます。しかしながら時期の近い作品を見るだけでも、デビュー作『エグザルテーション』Exaltation (1978) に登場するソロワークやオスティナートによるクライマックス作り、『インヴィクタ』や『誇りと祝典』Of Pride and Celebration (1987) における対位法的な処理、『コヴィントン広場』Covington Square (1985) の「イギリス風」と謳うとおり得意のシンコペーションを排除したスクエアなリズム、日本で初演された『センチュリア』Centuria (1986) のエリクソントッカータ』を意識したとおぼしき軽快なリズムとそれを支える打楽器の用法、『アヴェンチューラ』Aventura (1984) に挟まれる長調の効果など、さりげないながらどれにも気の利いたアイディアが盛り込まれていることがわかります。

むしろさらに技術的な難易度が低い、グレード2以下の作品を見ると作曲者の創意をより感じやすいかもしれません。細かい音符や音域の制限はもちろん、このあたりになると臨時記号や使えるリズムも選択肢が狭まってくるのですが、たとえば Park Street Celebration (1985) 、 Wyndham Variations (1987) 、Royal Emblem Overture (1988) 、Baywood Overture (1991) といった作品は制約をものともしないサウンドを聴かせてくれ、演奏者たちに誠実に寄り添う姿勢が見られます。

 

スウェアリンジェンの創作に転機を見るとしたら、90年前後にまず一つの区切りがあるのではないでしょうか。難易度に対応して手の込んだ『栄光のすべてに』In All Its Glory (1989) 、民謡調を前面に出した『ブルーリッジの伝説』Blue Ridge Saga (1990) 、変拍子が現れる『祝典と踊り』Celebration and Dance (1991) や『語り継がれる栄光』All Glory Told (1995) などパレットは広がり、それまでの旋法的なある種堅い響きに伝統的な滑らかさが加わって、『雄大なる眺め』A Vision of Majesty (1995) や『管楽器と打楽器のためのセレブレーション』Celebration for Winds and Percussion*3 (1999) といった爽快な作品に結実します。

2000年代以降のスウェアリンジェンはさらに違った顔を見せてくれます。それまでの手法を洗練させた『喜びの音楽を奏でて!』Make A Joyful Noise (2004) や『時の流れ』Of Time And Change (2014) のような作品がある一方で、一般的な「スウェアリンジェン」のイメージを外れる作品が格段に増えます。和声・リズム・楽器法さまざまに変化に富んだ『春の喜びに』 Into the Joy of Spring (2001) や陰影の深い『そして天使たちは告げた』And The Angels Called (2005)『永遠の輝き』Forever Shining (2010)  、荘厳な表情を見せる『アイガー』Eiger (2007) やポップな『夜間飛行』Nightflight (2008) と、今もなお愛奏される80年代の作品との連続を感じさせながら、意識的にか自然にか、そこからかなり趣向を変えた音楽を聴くことができます。

 

ここまで急-緩-急のいわゆる「序曲形式」の作品を紹介してきましたが、もちろんスウェアリンジェンによる吹奏楽への貢献はそればかりではありません。『ロマネスク』Romanesque (1981) は緩徐曲としてレパートリーに定着し*4、『シルバークレスト』Silvercrest (1986) や Children of the Shrine (2000) はポップなコンサートマーチの佳品です。他にもラテン調の『ヴァレロ』Valero (1985) や Carnival del Soul (1991) はジャズアンサンブルのレパートリーとして確かな位置を築いていますし、初期からコンサートバンドと並行して書き継いでいるスポーツの場でのバンド (pep band) のための作品も相当数残されています*5。また、ライフワークであるカール・キングのマーチの再編曲についても、現場に応える職人としてのスウェアリンジェンを確認するために触れておくべきでしょう。

 

ディスクは、ひとまずこの作曲家の遍歴を一望するという意味で、デビュー作から近作までまんべんなく収録した松尾共哲/フィルハーモニック・ウインズ大阪盤(ワコーレコード、2018)を挙げておきます。多くの人々に聴かれた「名盤」に触れるという意味では、90年代前半ごろの作品を収録したピーターセン/ワシントン・ウィンズ盤(Walking Frog、1994)もいいでしょう。

*1:そうした作曲家が、後述するように「吹奏楽」のイメージに深く食い込んでいるのが面白いのですが。

*2:もちろんそのイメージを上書きするようなレパートリーがほぼ現れなかったのは多分に日本の特殊事情ゆえで、スウェアリンジェンが10年ほどこのジャンルのトップを走ったあと、アメリカの低難易度作品の趨勢が大きめの編成を要求するダイナミックな方向に進み、そうしているうち国内レパートリーの隆盛に従って海外作品の受容が鈍った、という経緯があるからなのですが。

*3:通常のバンド作品にもかかわらず妙な含みのある題名は、Robert Palmer "Celebration for Band" (1988) がすでに同じ出版社から出ていたためと思われます。

*4:演奏機会は少ないですが、同系統の作品では時期の近い Reflections (1984)や、Deep River (1998) 、Lest We Forget (2001) 、A Kind And Gentle Soul (2013) も挙げておきます。

*5:同じくアメリカの音楽教育のカリキュラムに組み込まれている弦楽合奏・オーケストラは作品数が少なく、序曲サイズの作品は"9.11"の犠牲者を扱った『勇敢な飛行』Flight of Valor (2003) ぐらいです。