吹奏楽を聴くための書籍、ほか

吹奏楽を聴いていくために役に立ちそうな書籍やサイトを挙げていきます。この分野への入口になるものだったり、とにかく知識を広げたいときのためのデータベース的なものだったり。

楽曲紹介など

磯田健一郎 編『200CD 吹奏楽 名曲・名演 魅惑のブラバン立風書房、1999)

吹奏楽のディスク・楽曲ガイドの金字塔。刊行から20年が経って、さすがに情報が古くなっている部分はありますが(特にディスク選択周り)「吹奏楽」がカバーする様々な分野への目配りの広さ、記述の面白さには圧倒的なものがあります。吹奏楽が積み重ねてきた過去に触れようとするなら必携。

200CD 管楽器の名曲・名盤 編纂委員会 編『200CD 管楽器の名曲・名盤』立風書房、1997)

「管楽器」を扱った一冊の中に、吹奏楽についても一章が設けられています。『吹奏楽 名曲・名演』を凝縮したような(というよりは、この章を拡大したのが『吹奏楽』なのでしょうが)内容で、道しるべのない状態から体系的に聴いていくための入口としてはこれでもそれなりにボリュームがあります。
他の部分では、各種協奏曲や室内楽の紹介、オーケストラ内の管楽器についての記述*1は今でも興味深いものですが、『吹奏楽』同様、ソロ管楽器奏者たちについての記述はやや古びているように思います。

似た内容では伊藤康英『管楽器の名曲名演奏』もあります。やはり管楽器音楽全般を扱った構成で狭義の吹奏楽作品は5分の1程度。ほぼ楽曲紹介に焦点を絞っており、現代から歴史を逆順に(作曲者の生年順)たどっていく構成なのが特色でしょうか。思い入れたっぷりの解説が楽しめます。

富樫鉄火、播堂力也、石本和富『一音入魂! 全日本吹奏楽コンクール名曲・名演50』河出書房新社、2007)

『一音入魂! 全日本吹奏楽コンクール名曲・名演50 Part2』河出書房新社、2008)

全日本吹奏楽コンクールという一大会に内容を限った本ではあるのですが、同大会が日本の吹奏楽史の中でも重要な存在であり、特にレパートリー形成の原動力としてかなりの部分を負っていることを考えれば、日本の吹奏楽界で演奏されている・知られている作品(+その知られ方)を認知するためには重要な書籍でしょう。楽曲自体についてもひととおりの情報を得ることができます。

秋山紀夫『吹奏楽曲プログラム・ノート――秋山紀夫が選んだ689曲』(エイト社、2003)

吹奏楽曲プログラム・ノート2』(ミュージックエイト、2014)

ガイドというよりは楽曲解説を集めたレファレンス本。これも著者がCDなどの解説で紹介した作品に限られていますが、衆目の一致する重要作品はおおむね含まれていますし、日本での吹奏楽曲受容の欠かすべからざる一部分として大いに参考になるはずです。おなじみの素朴な記述には癒されます。

『新版 吹奏楽講座8 名曲とレコード/人名事典』音楽之友社1984

これも楽曲解説本。図書館で所蔵しているところはわりと多いと思います。同じく音楽之友社の『名曲解説全集』の向こうを張ったような譜例付きの解説(全曲ではない)が特徴。曲数はさほど多くなく、また1984年当時までの作品に限られていますが、過去の時点ですでに普及していたレパートリーを知るにはむしろ有用ではないかと思います。後半の「人名事典」も吹奏楽史文献として貴重。

福田滋『日本の作曲家と吹奏楽の世界』ヤマハミュージックメディア、2012)

吹奏楽の分野で広く知られているとは言えない作曲家も含め、日本の作曲史を「吹奏楽」を軸に切り取った一冊。資料的な価値(や巻末対談*2の面白さ)は計り知れませんし、楽曲ガイドとしても十分使えます。

・『バンドジャーナル』(音楽之友社)2010年8月号「特集:吹奏楽のスタンダードを知ろう! 」

図書館で手に取るか、その気になれば古本でも手に入ると思います。吹奏楽の有名レパートリーをコンパクトにまとめていて、中橋愛生・国塩哲紀・後藤洋による楽曲紹介はこのまま埋もれるには惜しいものがあります。さらに手に入れにくくなりますがついでに1989年8月号「特集:吹奏楽『名曲』の条件」も含蓄ある内容。

・"Teaching Music Through Performance in Band" Series (GIA Publications, 2001-)

アメリカにおけるバンド課程の指導書のシリーズで、2020年時点では11巻まで出ています。各巻は前半が有名指揮者/指導者たちによるバンド指導に関するエッセイ・論文で、後半は個別の作品*3について作曲者情報・成立事情・書法の特徴・楽曲構成など詳しい解説が並んでいます。吹奏楽作品の分析は論文や雑誌記事の形で存在していることが多いので、(主にアメリカの)レパートリーについて知りたくなった場合は非常に便利にまとまっている本です。とはいえボリューム的にも値段的にも手に入れやすいとは言えないのですが、曲によっては抜き刷りのPDFと参考演奏のmp3のセットが出版社サイトで購入できます。

 吹奏楽

秋山紀夫『吹奏楽の歴史』(ミュージックエイト、2013)

あっさりめの記述で、特に1970年代あたりから極端に言及が減るのは気になりますが*4、手広く情報が集約されていて、吹奏楽とはなんぞやと大づかみにするのならひとまずはこれが一番ではないかと思います。同趣向の『新版 吹奏楽講座7 吹奏楽の編成と歴史』はもう少しデータが詳しく、手に入るのであればさらにおすすめ。

日本の吹奏楽については、やや専門的な記述にはなりますがブラスバンドの社会史―軍楽隊から歌伴へ』戸ノ下達也編著『日本の吹奏楽史: 1869‐2000』も。現在の目からはなんとなく周縁的に見えている分野をどんどん掘り下げていくうち、おぼろげにジャンルの輪郭(「吹奏楽」とは何であるのか、何でないのか)が見えてくる前者に対して、後者は似たところを掘ってはいますがテーマ別の論集+コラムという性格が強く、また現在「中心」に見える部分にもある程度リーチしている、という位置取り。
むしろ入門文献としていちばん役立つのは、2枚組CD『黒船以来』(キングレコード、2003)の解説書かもしれません。

F. フェネル(隈部まち子 訳、秋山紀夫 監修)『タイム&ウィンズ フレデリック・フェネルの吹奏楽小史』佼成出版社、1985)

邦訳では「吹奏楽小史」とされているものの、原著(1954年刊行)の副題は "a short history of the use of wind instruments in the orchestra, band and the wind ensemble" で、ルネサンス期にまで遡り、オーケストラをはじめさまざまな演奏形態での事例を盛り込んだ管楽器音楽史、とでも言うべきものです。EWEの創設から間もない時期の本とはいえホルスト以前に2/3ほどを使う構成で、そうとわかれば、伝統的な観点の音楽史吹奏楽を結びつける視点を学ぶことができます。

・Frank L. Battisti "The New Winds of Change: The Evolution of the Contemporary American Wind Band/Ensemble and Its Music" (Meredith Music, 2018)

現代(20世紀以降)アメリ吹奏楽史の労作。あくまでアメリカの吹奏楽界から見た視点ですが、それだけでも膨大な歴史の積み重ねがある上に、ほかの地域から輸入されたレパートリーについてもかなりの情報が得られます。ここではさらっと触れられている19世紀までの吹奏楽史はニューグローヴの項目 "Band" *5や少し逸話に寄っていますが David Whitwell "A Concise History of the Wind Band" (2nd ed. Whitwell Publishing, 2010) ほかでどうぞ。 

ウェブサイト

橋本音源堂

吹奏楽曲(だけではありませんが)紹介ブログの老舗。熱い思い入れに裏打ちされた筆致と、作品の背後にあるものを広く掘り下げようとする姿勢は音楽の紹介の一つの理想だと思います(簡単に真似できるものではないですが)。

THE WIND SYMPHONY

矢藤学氏のブログ。しばらく記事のほとんどが非公開になっていましたが現在(2020年5月時点)順次復活・更新中。熱くも地に足の付いた楽曲レビューや作品・演奏語りは、その極めて目配りの広いセレクトだけ見ても含蓄に富んでいます。

Wind Repertory Project

Wiki形式の吹奏楽作品データベース。主にアメリカから情報が提供されているようです。作品の基本情報やプログラムノートはもちろん重宝するのですが(作曲家から辿れたり、ジャンルや国などでの分類を参照できたりします)、"Composition Awards" "Concert Programs"(主要カンファレンスなどのプログラム) "State Music Lists"(各州の推奨レパートリーリスト*6へのリンク) コーナーはまだ見ぬ作品に出会うための役に立ちます。

World Association for Symphonic Bands and Ensembles – WASBE

世界吹奏楽協会のサイト。近作重視の実用的な "Repertoire List" や知らない作品がどんどん出てくる "Composition of the Week" には世界の広さを実感させられます。

Home | Tim Reynish

元WASBE会長、指揮者のティモシー・レイニッシュのサイト。各国別・編成別・注目の作曲家などについて力の入った記事が多数読めます。

 

*1:金子建志編『200CD オーケストラの秘密』や佐伯茂樹『名曲の暗号』などと併せて読みたいところ。

*2:対談相手の中橋愛生氏のサイト『NAPPの部屋』(アーカイヴ)は多数の興味深い記事を掲載しており、また掲示板での交流の記録は(どのような感想を持つかはさておき)刺激的です。

*3:目次は出版社サイトに公開されていて、これもレパートリーリストとして役立ちます。

*4:1988年刊行の『吹奏楽指導全集1 吹奏楽の魅力』における記述が下敷きになっています。著者自身が体験した部分については『吹奏楽の泉 ~1963 アメリカより~』を参照せよということでしょうか。

*5:第2版 (2001) では吹奏楽周辺の説明がこの項目にほぼ一本化され、補完的に "Military Music" などの項目がある構成ですが、第1版 (1980) では短い用語説明だけで詳述は(イギリスらしく?)"Military Band" と "Brass Band" に分割、日本語版でも同様に "吹奏楽" の項目は "ミリタリー・バンド" ”ブラス・バンド” "ハルモニームジーク" に転送されています。ちなみにMGGは "Militärmusik" にまとめられ、補完的に "Blasorchester" の項目があります。

*6:個人的には Music for All National Festival のリスト(Core Repertoire Guide)が重要作品を比較的簡潔にまとめていて好きです。ヨーロッパからの視点はイギリスのNCBF(http://www.ncbf.info/wind-band-repertoire/)やイタリアの "Flicorno d'Oro"(https://www.flicornodoro.it/announcement/pieces-of-own-choice/)、ノルウェーのNM janitsjar(https://musikkorps.no/musikk/nm-musikk/nm-janitsjar/?tab=program)を参考に。