05. フローラン・シュミット:ディオニソスの祭り

フローラン・シュミット Florent Schmitt (1870-1958) の生年はドビュッシーラヴェルの間で、この二人(や当時のフランス楽壇の流れ)と同様にしばしば伝統的調性の限界を指向する色彩的な和声を武器にしていますが、この人の場合、ワーグナーR.シュトラウスなどの流れを汲んだ低音の分厚い音響を手放さず*1、さらに19世紀的な異国趣味に従って力強いリズムの打ち込みを取り入れた結果、肉付き豊かな分厚い音響を叩きつけていく個性が生まれました。

この書法は結果としてルーセルや初期ストラヴィンスキーに近い響きを生む形になり、オーケストラやそれに準ずる大編成作品はおおむねその作風に則っています。一方で、『ロココ様式の組曲Suite en rocaille, op. 84 (1934) や『三重奏のソナチネSonatine en trio, op. 85 (1935) などの小編成作品ではときに典雅な顔を見せることも。

19世紀末に着手された合唱付きの Hymne Funèbre (1899? - 1933?) *21906年作曲の『セラムリク』Sélamlik, op. 48-1に続いて1913年に作曲されたディオニソスの祭り』Dionysiaques, op. 62 も、『サロメの悲劇』La Tragédie de Salomé (1910) や『アントニークレオパトラAntoine et Cléopâtre (1919) あたりの代表作を思わせる、シュミット作品に典型的な力強いスタイルで書かれています。演奏水準の高さで知られたギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団 Orchestre de la Garde Républicaine を想定し*3吹奏楽を伝統的な野外演奏の媒体として扱いながらも、管弦楽作品に近い細分化された色彩的なスコアリングがなされています。

ただし、二台ピアノ譜だけが1917年に出版されたものの、理由はわかりませんが初演は大幅に遅れて1925年に行われることになりました。この間に第一次大戦が起き、シュミットは兵役に就いて1919年に『第163歩兵連隊行進曲』"Marche du 163e régiment d'infanterie" op. 48-2 を書いています*4。この時期に現場で吹奏楽に触れていたとすれば、『ディオニソスの祭り』の初演までに作品に手を加えていることもありえそうです。

結果として『ディオニソスの祭り』は、フォーレギャルドのため1921年に書いた『葬送歌』Chant Funéraire *5と、おそらくギャルドのために書かれたと思われるフォーシェ Paul Fauchet の『吹奏楽のための交響曲Symphonie pour Musique d'Harmonie (1926) の間に発表されることになります*6。1940年前後には、他の国でも軍楽隊外の作曲家によるバンド作品が続々生まれます*7が、これらの作品はその先取りと考えてよさそうです。

その後、数度の録音*8以外ギャルドがどれくらい再演を行っていたのか知りませんが(情報がある程度揃っていそうな楽団なのでわかっているのかもしれませんが)、ドンディーヌ/パリ警視庁音楽隊の有名な録音が1974年、すぐに確認できる範囲では日本のアマチュアバンドによる演奏が1973年から*9アメリカでデュカー編曲の楽譜が出版されたのが1975年ということで、このあたりが作品の拡散の分水嶺と言えそうです。

作曲者によって屋外演奏を想定した大編成が指定されており、また当時のギャルドが充実した編成を誇っていたこともあって、現代のバンドでは指定通りの楽器編成で演奏するのが難しいというのは常々問題になります。とはいえ、倍管の大編成は室内ではそこまでの必然性がないですし、またサクソルン属の楽器はともかくサリュソフォーンはおいそれと用意できるものではありません。どのバンドも、ときに編成を整理した楽譜を使いながら独自にやりくりしているようです。

最近の演奏になりますが、メイルマンズ/トルン聖ミカエル吹奏楽団のWASBE2017ライブ (Mark Custom, 2017) がシンフォニックな響きでお勧め。楽器編成もかなり揃っているようで、もともと100人級の大編成バンドが多くまたサクソルン属中心の英国式金管バンドが(国ごとに差はあるとはいえ)かなり普及しているヨーロッパでは、楽器と奏者を集める難易度も比較的低そうです*10。同じ演奏者は European Championship for Wind Orchestras 2018 でも好演を残していて、WASBE2017の録音が残響過多でいまひとつなだけにこちらのディスク (World Wind Music, 2019) のほうが推薦できるかもしれません。

ブラン/ギャルドが1961年に日本で行った録音*11はなんといっても歴史的に重要で*12、時代なりですがステレオでクリアな音像。現在ではコンピレーション盤 (東芝EMI, 2008) で入手できます。ほかにはフォーリー/アメリ海兵隊バンド (Altissimo, 1997) や、メイエ/TKWO (日本コロムビア, 2013) が充実した響きと機動力を両立させていて楽しめます*13

ブラバン★ハイスクール!

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American Games

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*1:ピアノ五重奏曲 (1908) などはフランキストの流れに近い濃厚なロマンティシズムの塊です。

*2:長年改訂が続き資料が混乱していて、確実なのは1933年のポール・パンルヴェ首相の追悼式でギャルドが演奏したこと、1936年に著作権登録がされたことだけです。シュミットの大・中編成管楽作品をすべて収録したフェロ/サントル地域圏吹奏楽団盤 (Orchestre d'harmonie de la Région Centre, 2008) が久々の再演となったようです。

*3:後述する作品のほかにも、あまり顧みられませんがアンドレ・カプレがギャルドに書いた行進曲『ドゥオモン』Douaumont (1916) は二群のファンファーレ隊を伴う力作。

*4:ただしこの作品、四手ピアノ譜だけが出版されていてオリジナルの吹奏楽バージョンは現存していないようです。ドンディーヌが再度吹奏楽配置したバージョンがあり、これは録音も存在します。ちなみにヴァンサン・ダンディが1903年に書いた『第76歩兵連隊行進曲』op. 54は、吹奏楽バージョンの譜面も現存しますが未出版かつ未録音の模様。

*5:楽器配置は当時のギャルド楽長ギヨーム・バレーが担当。のちにフォーレによってチェロソナタ第2番の第2楽章に改作されました。いま聴くならモス Myron Moss の再編曲 (2004) がいいかもしれません。フォーレ吹奏楽団を用いた作品には1900年の『プロメテ』Prométhée, tragédie lyrique がありますが、これも楽器配置はフォーレではないのと、二群の吹奏楽と一つの弦楽合奏団、声楽という異例の編成がおそらく理由となってなかなか演奏されません。

*6:時期の近いフランス周辺の吹奏楽曲として知られるケクランの『民衆の祭のためのコラール』Quelques chorals pour des fêtes populaires (1936) はルジェ・ド・リール没後100年式典のための作品、六人組周辺の豪華な合作『7月14日』Le 14 Juillet de Romain Rolland (1936) は当時の人民戦線内閣も関わって制作された劇付随音楽だそうですが、どこを演奏団体に想定していたのでしょうか。少し調べただけではわかりませんでした。

*7:アメリカやロシアの例は別に述べるので除くと、ボリス・ブラッハーのディヴェルティメント op. 7 (1936)や、オネゲルがスイス全国博覧会のために書いたオラトリオ『ニコラ・ド・フリュー』Nicolas de Flue (1938) 、(シェーンベルクに学んだ)スカルコッタスの『9つのギリシア舞曲』(1940-42) など。ただしスカルコッタス作品はより大規模なほかの管楽作品と同じく作曲者の生前には不遇で、出版は1991年のガンサー・シュラー校訂版が初めてだったということです。

*8:バレイ指揮の27年、デュポン指揮の28年、ブラン指揮の61年録音。ブラン指揮の音源は日本で62年に発売され、69年に再発されています。

*9:これに先行して、大阪市音楽団が1962年の第6回定期演奏会(特別演奏会)で取り上げており、日本の楽団による演奏の最初期例と思われます。

*10:日本でも川越奏和奏友会吹奏楽団が全種類の楽器を揃えているように、最終的には個別の楽団もしくは個別の演奏機会の問題、というのは当たり前ですが。

*11:2012年にパブリックドメインになったのでしょうか?

*12:よりオーセンティシティを求めるなら1928年のデュポン指揮の録音も。

*13:海兵隊バンド盤はオリジナルのDurand版の譜面使用と記載、TKWO盤もほぼ楽器代用の指示のみ行った鈴木英史版での演奏です。